華麗なる宴の影で


≪最終話≫



 許せない! 許せない! 許せない!


 何もかも上手くいくはずだった。目障りな山猿は三代目に見限られ、その隣には自分が立っているはずだったのだ。
 なのに、ふたを開けてみれば悪者扱いは自分ばかり。身内であるはずの父までもが椿に非難の眼差しを向ける。
 そもそも山猿女を連れだしたあの男が、もっとうまく女と共に逃げ切ってくれていれば――。

「なんて使えない男なの・・・・・・!」
「ひどい言われようですね」

 吐き捨てるように呟いた独りごとに返事があり、そこで初めて神崎椿は自室に招かれざる客がいることを知った。
 優しげな面立ちに微かな笑みを浮かべ、男は扉を背に立っていた。
 神崎グループは腐っても大企業の一つである。その経営者の自宅ともなれば警備もかなりしっかりしている。間違っても住人に無断で侵入することは不可能なはずなのだが、なぜか何の騒ぎも起こすことなく男は椿の自室に悠然と立っていた。
 その不自然さに、椿は初めてこの男に得体の知れない恐ろしさを感じて後ずさった。

「どうやってここに・・・」
「それは企業秘密です。ところで今回の依頼の報酬についてですが」
「報酬ですって?」
「ええ、あなたに言われたことは違わず遂行いたしましたので、報酬をいただきにきました」
「どの口がそんなことを言うのかしら。あなたが仕事をしなかったおかげで私は三代目だけでなく父からも責められるはめになってしまったじゃないの」
 まるで悪いのはみんなお前だだと言わんばかりの剣幕に、男は蔑むように嗤った。
「これは、おかしなことをおっしゃる。私はあなたに『紅月司という女の気を引いてパーティー会場から連れ出し、軟禁すること。さらに白神竜二を裏切ったという証拠になる写真を撮ること』というあなたの依頼をきちんと果たしましたよ。 その後のことについては何も条件をつけなかったそちらの落ち度だ。まあ、想像以上に見つかるのは早かったですが、それは九竜組の諜報能力を甘く見過ぎていましたね」
「うるさいのよ! あなたみたいな得体の知れない男に頼んだのがそもそもの間違いだったのよ。そうよ、次はもっとうまくいくはず……」

 髪を振り乱しながらぶつぶつと呟く姿は異様であったが、男はそんな女の様子には頓着しなかった。

「どうしても報酬はいただけないと?」
「当然よ。あなたがもっとうまくやっていればすべてうまくいったんだから」
「では、仕方がないですね。私としては、あなたの意思で報酬をいただきたかったのですが……」
「何を言って……?」

 女が探るような視線を向けると、男は微笑むように目を細めた。
 次の瞬間には男は女に肉薄し、あっと思う間もなく女は気を失った。
 軽い動作で女を気絶させた男はなぜかすぐに女を起こし始める。怪しげな薬剤を塗布した布を女の口元へと持っていき、息を吸うと同時に薬剤も吸い込ませた。
 しばらくしてうっすらと目を開いた女は、ぼんやりとする視界と深く考えられない思考の下、傍らの男に言われるがままに自ら手を動かしてサインをした。

「これで報酬はいただきますよ」

 小切手にサインをさせた男は再び意識を手放した女を床に放ったまま、悠然とその部屋から出ていった。


 + + +


「三代目、男は取り逃がしました。面目次第もございません」

 ホテルの廊下で泣く子も黙る三代目が作りだすラブムードストッパーとなれる太い神経を持っているのは現時点では命子先生を除けばこの男しかいない。
「……渋谷か。まあ、いい。念のため辺りの捜索は続けろ。見つからんとは思うがな」
 若干の間を置いて(邪魔された不機嫌によるものだということは渋谷は百も承知である)、竜二は静かに言った。
 竜二から見ても得体の知れないところのあるあのいけすかない野郎を取り逃がしたのは痛恨のミスだが、この手に司が無事に戻って来たことに勝るものはない。
 少しだけ反省したのか、未だ竜二の腕の中で大人しくしている司のこめかみにキスを落とし(その瞬間に条件反射の拳が飛んできたが)、抱き上げ、颯爽と車に乗り込んだ。
 渋谷も心得たもので、何も言わずに運転席に座って発進する。
 今回は自分の危機管理がなってなかったと反省した司は、九竜組の屋敷に帰るまで一応大人しくしていたのだが。

「や〜め〜ろ〜〜〜〜! お〜ろ〜せ〜〜〜!!」
「大人しくしないと今この場でキスするぞ」
「んなっ!」
 車から降りるなり腕に抱きかかえられたまま(いわゆるお姫様抱っこ)屋敷の玄関をくぐろうとする竜二に、盛大にブーイングを飛ばしながら暴れていた司が顔を真っ赤にして固まった。
 今にも唇がふれそうな至近距離で囁く竜二はにやりと笑い、司が固まっている内に悠然と門をくぐる。
 いつものように三代目の出迎えに出た組員たちは眼を逸らすべきか合わせるべきかを真剣に悩みながら、
(いいからもうさっさと中に入って下さいっ!!)
 と異口同音に内心で叫んだとか。

 どさっとめずらしくも手荒にベッドに投げ出された司は、文句を言おうと身を起こした瞬間にはもう囲われていた。
 ベッドに乗り上げた竜二の両腕が司の両脇にあり、半分以上押し倒された体勢である。
「り、りうぢ君? まだ怒ってんのか?」
 半眼の竜二に冷や汗を垂らした司が窺うように訊ねるが、竜二は無言のままで。
 とすん、と自然な動作で完全に押し倒された司は雰囲気に呑まれて動けぬままで。
 竜二はそんな司の首筋に指を這わせながらますます眉間の皺を深くした。
 そしておもむろに唇をその首筋に押しつけたかと思うと、

「痛っ!」
 司が小さく悲鳴を上げたのにも構わず、首筋から胸の中心まで隈なく口付けながら時々執拗なまでに吸いついて。
 普段ならここで有無を言わさぬ鉄拳制裁が入るのだが、司は何となく竜二が不安定になっているような気がして最初に悲鳴をあげてからは静かにその行為を受け入れていた。

「なあ、竜二」
「…………」
「悪かったよ。次からはちゃんと自分のことも守るから、さ」
 竜二の頬に両手をあてながらそう言って微笑む司に、竜二は諦めたように溜息を吐いた。
「こんなことが続くなら、お前を閉じ込めてしまいそうだ」
「怖いこというなよ」
 朗らかに笑う司に、割と本気の竜二。
「パーティー、ふけてきちゃったな」
「どうせほとんど挨拶回りは終わっていた」
 だから大丈夫だと言う竜二に、司はふっと笑いかけた。
「俺さ、やっぱりちょっとヤキモチ焼いてたかもしれない」
 唐突にそんなことを話しはじめた司に、竜二が目を丸くして見つめ返した。
「だからなんだかんだで朝来に言われるがままに慣れないドレスなんか着てみたりしてさ」
「いや、(あの場でもっとも輝いていたのは司だった)」
「付き合いだってわかってても、やっぱりお前が俺以外の奴をそばに置いてるのは嫌だったみたいだ」
「……(お前以外を傍におくつもりはない)」
「朝来には女装すると14には見えないって言われたけど、竜二だってどう見たって14には見えないよな」
 そういってなぜか嬉しそうにうんうんと納得する司に竜二は首を傾げた。これは、褒められているのかいないのか……。
「つまり着飾った俺らが並んだら全然違和感ないってことじゃないか」
 というより、似合いすぎているとは朝来の弁である。
「――俺の隣に立たせて欲しいと言ったのは司、お前だろう?」
「おぅ! でもな、お前が立つ 危機 とこ だけじゃなくて、普段のお前の隣も譲りたくないって思った。俺、意外と欲張りみたいだ」
 へへっと笑う司を竜二はぎゅっと抱きしめた。気分は、『ああ、もう、こいつにはかなわん』である。
「俺ははなからそのつもりだ。そこまで言うなら、次からはちゃんと女避けになれよ」
「えぇっ!? それとこれとは違うだろぉ!」
 これ幸いとばかりに言質を取ろうとする竜二と、嫌がる司。
 ほんわかしたムードになったところでオジャマ虫が入るのもお約束。
 執拗なまでに着信音を鳴らす竜二の携帯に出ろ・出てたまるかの押し問答を繰り返す無自覚イチャコラカップルが渋谷により強制的に離されるまであと数分。

 平和なときほど、九竜組組員のメンタルは削られていくというのは組員の間ではもう常識であった。    





結局いちゃいちゃして終わるという何の変哲もない終わり方でスミマセン。
司と竜二は会話しているようですが、実は竜二は心の中だけで思っているだけで伝わっていないというよくありがちなパターン(笑)
神崎椿と男の下りはいらないんじゃ、、とかそこはスル―の方向で。
間があきすぎて自分でもどういう終わり方にしようとしていたのか判然とせず…(オイ
とにかく、読了していただきありがとうございました!


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