その瞬間は突然に


≪オマケ≫



「おい。お前先に行けよ」
「な、何言ってんすか。先輩こそ先に行って下さいよ」
「馬鹿言え。この状況でどうして出て行けるんだよ」
「なら俺にも無茶言わないでください!!」


こそこそと柱の影で言い合っているのは、その姿からして警察らしき人間である。
宗像から連絡を受けてすっ飛んで来たはいいが、「現場」に到着してみれば犯人らしき者たちはすでに床に伸びている。
ならばさっさとそいつら共々引き上げればいいのだが、その場に足を踏み入れるのは銃撃戦の中を突破するより困難であった。


どう見ても素人ではない男たちが死屍累々たる様相で倒れているその中心で、一組の男女が密着するようにベンチに座っている。
否。密着するように、ではなく密着している。
最初は少女の方が男を抱きしめていたように見えたが、その立場はいつの間にか逆転し、男が少女をすっぽりと抱きかかえる形になっている。
警察官たちからは話声までは聞こえないが、耳元で囁きあう様子といい、少女の火照った頬といい、誰がどう見ても紛うことなきラヴシーンである。


「先輩」
「なんだ」
「なんであの人たちあんな場所でイチャつけるんでしょう……」
「お前、宗像さんにシメられたくなけりゃ、今の台詞は人前で言うんじゃないぞ」
「へ? 先輩、あの人知ってるんですか?」


先輩と呼ばれた年上の男は、苦虫を噛み潰したような顔をして黙り込んだ。
――犯人が凶悪化すればするほど本人もそれ以上に凶悪になることで有名なGRAVEの宗像嵬。
その奔放さと強引さと検挙率の高さで有名な男が、今目の前で年端も行かない少女を相手にピンク色の空気を辺りに撒き散らしている。
――触らぬ神に祟りなし。
警察官はその格言を噛み締めた。
人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られるとはよく言ったものだ。
彼の宗像氏が相手ならば無事では済むまい。


「『知らぬが仏』ってのは、いい格言だよなぁ……」
いささか現実逃避気味の先輩警官は、訝る後輩警官の肩をぽんぽんと叩き、結局イチャつく二人がその場を離れるまで柱の影で覗き見るという 人には言えない情けない状態で黙って待つ羽目になった。


少女を連れた男が、去り際にこちらを向いて口の端を持ち上げたのは、きっと気のせいに違いない――。






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