彼女たちの悩み




「あ……」
「お……」


 九竜組の屋敷内。
 長々と続く廊下の真ん中で、朝来と司は偶然顔を合わせた。
 以前は犬猿の仲、相思相嫌だった二人だが、それぞれが落ち着くところに落ち着いてからはそれほど険悪な関係でもなくなっている。


「よう。朝来じゃねえか。九竜組の屋敷で会うなんて珍しいな」
「ちょっとね。うちの分家のことで竜二に呼ばれただけよ」
「ふ〜ん、そっか」
 特に興味もなさそうに応える司に対し、朝来は何かを考え込むように一度視線を外した後、司をじっと凝視した。
「……」
「……なんだよ?」
 居心地悪そうに司が問う。
「……ちょっと、せっかく会ったんだから、お茶くらい出しなさいよ」
 言いながら、朝来は司の腕を掴んで問答無用で廊下を歩き始めた。
「お、おい、こら、ひっぱるなよ!」


 こうして、なぜか妙に強引な朝来に引きずられ、司は朝来とお茶を楽しむことと相成った。


 + + + + +


「で、どうしてお前は俺の部屋で我が物顔でお茶など飲んでいるんだ……?」
 心底わからないという顔で、司が目の前の朝来に向かって茶菓子を差し出した。
「別にいいじゃない。たまにはあんたとも話してあげようと思っただけよ」
「……なんだかそこはかとなくバカにされたような気がするぞ」
「バカ月なんだからそんなの当たり前でしょ」
 司がぎろりと朝来を睨むが、朝来は知らぬ風で受け流す。
 司は溜息を吐いて、反論を諦めた。
(まあ、朝来がわざわざ俺の部屋に来るくらいなんだから、何か話があるんだろうけどな)
 本人が話したくなるまで、朝来の傍若無人な態度にも目を瞑ろうと決めた司は、朝来と同じようにお茶をすすりながらテーブルについた。


「最近、どう?」
 唐突に、朝来が口を開いた。
「どう……って、またえらく曖昧だな」
「だからっ! 竜二とは、その、うまくいってるわけ?」
 この問いかけに、司は驚きに目を見張った。
 まさか、朝来との間でこんな話題がのぼろうとは夢にも思わなかった。
 大げさなほど目を丸くする司に、朝来は起こったように眉根を上げた。
「ちょっと、聞いてるの!?」
「あ、ああ。竜二の話な。まあ、なんというか……うまくいってる…のかな?」
「……どうしてそこが疑問形なのよ」
「お前こそどうしてそこで不満そうな顔をするんだよ。別にどうだっていいじゃねえか、俺らのことなんか」
 お互いに険悪な雰囲気になりかけているが、半分以上は照れくささのためだろう。
 何が悲しくて、元恋敵に竜二との仲を事細かに説明せねばならぬのか。
 司が恨みがましく思うのもある意味仕方がなかった。


「お、お前こそ、あのポリスとはうまくいってんのかよ」
 なんとか話題を変えようとした司が何気なく返した問いに、なぜか朝来は遠い目をした。
「?」
 首を傾げる司に対し、朝来は内緒話でもするように顔を近づけて小声で問いかける。
「聞きたいんだけど、竜二って朝寝起きはいいほう?」
「はぁ!?」
 話の流れがまったくつかめない司が素っ頓狂な声をあげるが、朝来は気にすることなく答えを促す。
「朝……朝は、寝起きいいほうだと思うぞ……」
「……」
 朝来が微妙な沈黙のあとに、溜息のような息を吐きながら一言呟いた。
「……やっぱり一緒に寝てるのね」
「なっ!!」
「勘違いしないでよ。別に非難してるわけでも呆れてるわけでもないわよ」
「だったらなんだよ! さっきの溜息は!!」
「……ちょっと、なんとなく、あんたの朝の状況が分かるような気がしただけよ……」
 ふいっと背けた朝来の頬が微かに赤く染まっているのは気のせいではないだろう。
「……てことは、お前も朝起きさせてもらえないクチか」
 司が真面目にそんなことをいうから、朝来は思わず噴き出した。
「なんだよ。笑うことねえじゃねえか」
「っくく。わ、悪かったわ。いえ、まさかあんたとこんな共通の話題で話ができるとは思っていなかったから」
 それはまさに俺も同じことを思ったと、司は内心で付け加えた。


「だいたい、男ってのはどうしてああもいろいろと触ってくるんだ」
「まったくだわ。それも、こっちが身動きできないようにして反応を楽しんでるのよ」
「……いや、でも本気で動けないわけじゃないんだけどな」
「……キスやら何やらで身体に力が入らなくなるんだから、結局一緒のことじゃない」
「まあ、確かに。……って、朝来もそうなのか?」
「何がよ」
「キスされて、腰くだけんだろ」
「っ!! あんた、もうちょっと言葉を選びなさいよね!」
「怒るなよ! 俺だって似たようなもんだって言ってんだろ!」


 こうして、知らず知らずのうちに、お互いの恋バナに花を咲かせる二人は、話題がどんどんエスカレートすることに気がつかない。


「朝は、やっぱり羽交い絞めか」
「……その言い方には賛成しがたいけど、状態としてはその通りね」
「で、いつのまにかいろんなところに顔をうずめられるんだよな」
「さっきから思ってたんだけど、あんた、何気にすごいこと言ってるわよ」
「なんかもう取り繕うのも今さらだしな」
「開き直ったわね。というか、嵬は顔をうずめるというより撫で回すわね」
「気を抜くと風呂にまで連れ込まれそうになるぜ」
「そうなのよ! 一度ホントに大変だったことがあるんだから」
「おお。実感こもってんなぁ」
「だいたいあいつは、人目を気にしなさ過ぎるのよ。道端で抱きしめられたりキスされそうになったりするこっちの身にもなれってのよ」
 だんっ、と勢い良くカップを置いた朝来は少々興奮気味だ。
 司も似たり寄ったりだったが、素面でここまでの会話ができるのはやはり女の性なのか。
 ちょっぴり悲しくなる司だった。


 そうこうしているうちに、日も傾き、そろそろあたりも薄暗くなってきた頃。
 さすがに話し疲れてきた二人は、いつの間にかぴたりと会話をやめて双方無言で冷たい茶をすすった。
「結局のところ」
 おもむろに司が切り出す。
「何が言いたかったんだっけ……?」
 延々と話し続けてきた割にはまったく最後が締まらない。
「……お互い、男には苦労するわねって話でしょ」
 やや沈黙したあと、朝来がきっぱりと言い放った。
「まあ、それに関しちゃ珍しくお前と気が合うな」
 どちらからともなく、くすりと笑いあった。


 彼女たちにとっては悩みでも、その実大変な惚気であったことは当事者達にはわからない。
 なかなか人には言いづらいことを一通り愚痴ったおかげで、どことなく機嫌のよくなった朝来は来たときよりも軽快な足取りで帰っていった。
 女の会話に慣れていない司はどちらかというと疲れたが、こういう機会もめったにない。
 これはこれで楽しかったと(幾分無理矢理)自分を納得させて、その日も竜二と床を共にした。


 次の日の朝、竜二にやっぱり腰を絡め取られた司が、いたるところに口付けを落とそうとする竜二を見ながら、
(朝来は今頃撫で回されてんのか……)
と場違いなことを考え、宗像に抱きしめられた朝来が、
(バカ月は顔を埋められてるのかしら)
と頭の隅で考えていたことは、己の欲望に忠実な男たちの与り知らぬところである。




オ……オチがねえ……
一応、以前拍手コメントで頂いたリクにお応えしてのSSです。
『百戦錬磨の男たちに振り回される司と朝来の悩み事相談会』で。
こんなんでスンマセン…
付け焼刃グセ、そろそろ直したほうがいいんだろうかと、少し真面目に考えてしまったsayaでした(笑)


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