男たちの受難


≪オマケ≫



「――司」
「んー……な…に…」

 未だに寝ぼけたままの司の要領を得ない返答に竜二は苦笑した。
 だが苦笑しながらも、その眼の奥には狂おしいような光がある。

「今回はお前が悪いぞ」

 そもそも司が拗ねたのは自分のせいだということは棚に上げて、竜二は線の細い身体を抱き上げて膝の上に乗せた。

「んん……んーーー!?」

 自らの意思に反して体勢を変えられた司がようやく覚醒し、そして現状を呑みこんで頭を疑問符で一杯にしている。

「な、なんで俺は車の中でお前の膝の上にいるんだ!?」
 そう。二人がいるのは道路を滑るように走る黒塗りの高級車の中。
 あの後人と会う約束の入っていた竜二はなんとそのまま司も連れて行ったのだ。
 もちろん仕事には一人で行き、司は車内で待たせた。
 そしてすぐに話を切り上げて今は帰りの車の中というわけだ。
 竜二にしてみればちょっと目を離すとなにをしでかすかわからない司を一人にするのは躊躇われるうえに、  何と言っても組員たちを色気で組み伏せていた司を見た後では平静でいられないというのが正直なところだった。
(もちろんこいつは酔っていただけだし組員たちも被害者だが)
 それでも司は女で組員は男だ。
 単に戯れているだけだとしても竜二がいい気持ちがしないのは当然だった。
「おい、竜二?」
 黙っている竜二に再び司が問いかける。
 確かに車内は広いが、なぜに相乗り相手の膝の上?…という至極もっともな司の問いに竜二は直接は答えなかった。
「お前、記憶あるか?」
「……」
 微妙に視線を逸らしながら司が言いよどむ。
「ほぉ。あるのか。そうかそうか」
「な、なんだよ! 何か言いたいことがあるならはっきり言いやがれ!」
 その叫びに、竜二が重々しくのたまった。

「俺以外の男に肌を許すな」

 途端に司は赤面する。
「お前、もう少し言い方があるだろう!」
 確かに、酔っていたとはいえ己のした所業をなんとなく覚えている司には意味が通じないことはないのだが。
 だからといってその言い回しはどうなのだ。
(それじゃあ俺が竜二以外の男をたぶらかしたみたいじゃねえか! いや、別に竜二もたぶらかしたことなどないが。いやしかし…)
 などと悶々と苦悩している司を竜二は黙って見ていた。
 そして一言。

「司」

 その言葉に肩を震わせた司が竜二と視線を合わせる。
 そのまま黙して語らない竜二に、司が観念したように呟いた。
「―――悪かったよっ! でもあれは竜二がちゃんと俺に心配させてくれねーのが悪いんだぞ! でも、まあ、なんだ、確かに組員の皆には悪いことしちゃったし、竜二にも心配かけたみてーだし……」
 そして一度言葉を切り、思い切ったように顔を上げた。
「ごめんな」
 そう言いながら、上目遣いで見上げる司は凶悪なまでに可愛らしい。
 取って食ってしまいたい。
 司の言葉や視線ひとつですっかり気分を直してしまう自分に竜二は内心苦笑する。
(こいつは無意識に最大の攻撃をしかけてくるから厄介だな)
 などと冷静さを装って分析してみるが、結局その無意識の色香に惑わされることに変わりはない。
(まあ、俺の理性が崩れるのは半分はこいつのせいだしな)
 開き直った竜二の瞳に一瞬愉しそうな光が宿る。
 しかし無表情の竜二が内心そんなことを考えているとは司は知る由もない。

 車は夜の街の喧騒の中を静かに走る。
 その車内で理性の糸がぷつりと切れた竜二とその獲物である司が盛大な攻防戦を繰り広げていると知っているのはすでにそんな日常に慣れたブンさんただ一人であった。




最後までお付き合いいただきありがとうございました!
ブンさんはやはり強心臓でした(笑)
あんまりりうぢを嫉妬させちゃうと後でひどい目に遭うのです。


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