寝ても覚めても


≪オマケ≫ その後の彼らは……?



 カタンというわずかな音を残して、玄関のドアが閉まった。
 宗像は靴も脱がずに立ち止まり、腕の中の少女をじっと見つめた。


 今日もいつものごとく仕事が長引き、久しぶりの約束が流れたことに不満をもっていたのは何も朝来だけではない。
 それでもいつものことなので仕方なく深夜まで身を粉にして働いて帰ってきたと思ったら、部屋の前に何やら親密そうな男女を見つけたのだ。
 まだ大学生くらいの男の肩越しに見えた、自分がもっともよく知るやわらかな髪を視界に入れた時はさすがの宗像も目を疑ったものだ。
 頭で認識するよりも先に男に声をかけていた。
(――否、あれはどう考えても威嚇だな)
 らしくない笑いが漏れた。


「――入らないの?」
 不意に朝来が訊ねてきた。
 玄関で立ち尽くす宗像を不審そうに見上げている。
 ちなみに、朝来はまだ宗像に抱きかかえられたままだ。
 至近距離で見上げてくる朝来の瞳は若干潤んでおり、桜色の唇は誘うように艶めいている。


 宗像の脳裏につい数分前の情景が浮かび上がった。
 朝来の細い腰に腕を回し、軽い身体を支えながら覆いかぶさるようにしていた見知らぬ若い男。
 まさに今の状況と同じだと認識した瞬間に、宗像は朝来の顎を引きよせていた。


「――っ!!」


 朝来の酔いが瞬時に覚める。
 今となっては恋人らしいやりとりにも慣れてきてはいるが、それでも不意打ちにはいつも狼狽してしまう。
 抱き寄せられ、左頬を大きな手の平に包まれる感触は真綿で包むように優しいのに、落された口づけは噛みつくような激しさだ。
 深く浅く、何度も角度を変えてもたらされるキスの感触に何も考えられなくなる。
 口内の奥深くまで侵入してくる感触に必死に応えようとして――唐突にそれは止んだ。


「……は、ぁ」


 思わず大きく息を吸い込んだ朝来を見た宗像が不意に口角を上げた。
「なによ……」
 どこか呆れたようなその笑いに今度は朝来の眉が上がる。
「いいや、最近の若者は意外と理性が固いんだな、と思っただけだ」
 実際、朝来のこの唇を目の前にして未遂で終わらせるなど宗像にはどう頑張っても無理なことだろう。
「はあ?」
 わけがわからないといった風の朝来にそれ以上は説明せず、宗像は靴を脱いで(ついでに朝来のものも脱がせて)部屋へと入った。
 玄関のライトは自動で点灯するので真っ暗ではない。
 相変わらず朝来を抱いたまま広いリビングを抜けて、寝室の扉を開けた。


「ちょ、ちょっと、なんでいきなり寝室なのよ!」
「気にするな」
「気にするに決まってるでしょう! 何を考えてるのよ」
 寝室の第一義は普通その名の通り寝る場所であるが、宗像にかかれば「女を連れ込む場所」という言葉が帰ってきても決しておかしくないのだ。
 さすがに、部屋にあがって早々妙なまねをされても困る。
 いつもの調子を取り戻してきた朝来は警戒心も顕わに目に力を込めて睨みあげたが、あいにく目の前の男にそれが通じたためしはない。


 宗像は軽く肩をすくめただけで朝来の言葉を流し、ベッドの端に腰を下ろして膝の上で朝来と向き合う形になった。
 訝る朝来の額に自分の額をくっつけて、じっとその瞳を覗き込みながら呟くように言ったのである。


「頼むから、驚かせるなよ」


 これに驚いたのは朝来の方である。
 傲岸不遜が服を着て歩いているような男の口から洩れたものとは思えない殊勝な言葉に驚くなというほうが無理だ。
「……どうしたのよ」
「――何がだ?」
「何か、珍しく神妙じゃないの」
 朝来の言葉にさすがの宗像も苦笑する。
 自分がさきほどどれだけ衝撃を受けたかを素直に口に出すのはためらわれたが、目の前の少女は  先ほどの状況が全く分かっていない様子だ。
 仕方なく、噛んで含めるようにして説明してやることにした。
「あのなぁ」
 ゆっくりと、わざとらしく、それでも幾分真摯な声音で。
「今日は逢えないと思っていた女が深夜の自分のマンションの部屋の前にいたことだけでも驚愕もんなのに、  その連れは見たこともない男で、しかもどう見ても襲われそうになってた、てな状況じゃあ、さすがの俺も平静じゃいられないぞ」
「襲われ……?」
「どんなに素直に見ても、あと数センチでその口は塞がれてたな」
「な、嘘でしょ……」
「まあ、本当に塞がれてたなら、あの男も無事には帰れなかっただろうがな」
 信じられないといった様子の朝来に対して、さらりと恐ろしいことを呟く。
「まあ、『帰る場所』をここに指定したことに関しては上出来だ」
 そうしてにやりと笑う宗像は、あいまいな記憶からなんとか上原と自分のやりとりを思いだそうとしている朝来の顎を取ってごく自然に唇を合わせた。


 こうしていつも反論も抵抗も封じられる朝来は、甘美なぬくもりに包まれながら、朝になったら絶対に問い詰めてやろうと思ったとか思わなかったとか。
 だが朝起きると、いつのまにか宗像以外の男がいる場所では決して酒を飲まなことを約束させられていたのだった。


 そんな宗像からの珍しくわかりやすい心配が実はうれしかったというのは宗像には言えない秘密である。





宗像は年々可愛くきれいになるであろう朝来さんがきっと内心では心配でたまらないはずだ、きっと。
で、朝来さんは何だかんだで宗像しか見てないから逆に他の男に無防備だったりするんではないかと。。
あぁ、もっと宗像を取り乱した感じにしたかったんだけどなぁ。まあ、今回はこんなもんかな。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


▼目次へ