隠れ甘々なふたりに7つのお題
1. 自覚がないのはふたりだけ
信楽視点(竜×司)
俺の名は信楽御調(しがらきみつぎ)、二十一歳。
今は九竜組の下足番として本家の屋敷に住まわせてもらってる。
家族? ハッ、そんなもんいるわきゃねえだろ。小学校に上がる前に親には捨てられ、親戚中をたらい回しにされた挙句、十三で年少を出入りしてたくらいだ。まあ、別に面白くもねえよくある話だ。
とにかく、そんな俺を二年前、奈落の底から救い出してくれた三代目には感謝してもし尽くせねえ。蛇をも竦ませるあの鋭い眼光、威厳すら漂わせるその雰囲気、そして無慈悲に敵や裏切り者を始末する冷酷さは、とてもとても十五歳とは思えない。しかも自らの信念をどこまでも貫き通す見事な男気も持ち合わせている極道の鑑だ。俺には一生かかっても真似できないような立派な生き様を貫いている三代目のためなら、命だって惜しくはない。
――そう、三代目のためならば……たとえ目の前の光景がどれほど異常であろうとも……
「……おい、竜二! 何してやがる」
「何って、この状況でそれを言うのか……?」
……三代目の私室に続く廊下から、不意に聞こえてきた会話。
間違いなく三代目と、あのクソ生意気なガキの声だ。
言葉は喧嘩腰だがなぜかそこに妙に甘ったるい響きがあるのは気のせいか……。
俺は湧き上がる嫌な予感をごくりと唾を飲み込んでやり過ごし、壊れた機械のようにのろのろと振り返った。
「わっ!こら……り、竜二!ちょっ、ちょっと待て」
「待てねぇ」
「なに言っ……て、…………んっ……」
有無を言わさず、三代目の唇が司のそれへと重ねられた。
俺の脳はしばらくの間停止した。(しばらくお待ちください)
数秒後、再起動。
が、頭は混乱しているのに、俺の脳は俺の意思に関わりなくさっきの映像を再生した。
み、見てしまった……
常に無表情、俺たち下っ端には怒気以外の感情を見せたことのないあの三代目の、とろけるような甘い微笑を……!!
「…ん…っ……」
司の口洩れた、何ともいえない吐息に俺の頬がひくっと引き攣る。
あ、あり得ねぇ……!!
頬を染めて、目を潤ませて、挙句の果てに鳥肌ものの艶気を撒き散らしてる、あれは一体誰なんだーーー!?
「なんだ。もう降参か?」
「……っっんなわけねーだろ!!」
またも強制的に耳の中へと飛び込んできた会話。
三代目、散々司の口内を蹂躙しつくして、なんて楽しそうな顔をなさるんだ。
そして司、お前それで抵抗してるつもりか!!
傍から見てもはっきりわかる。奴は口で言うほど嫌がっていない。どころか、その顔! 内心喜んでんじゃねえか!!
………はっ! しまった。
あまりの衝撃に、思わず正気を手放すところだったぜ……。
落ち着け、俺。
何度か深呼吸。よし、大丈夫、大丈夫だ。
この場は心臓に悪い。そう、この俺の精神衛生上非常によろしくない空気が充満している。
見なかったことにしよう。
それがいい。
――ここは泣く子も黙る関東最大の極道九竜組の本家。
その屋敷内で最近、若い衆が凍りつき、石化するという奇怪な事件が多発している。
――その真相を正確に理解する者は少ない。
「なぁ、竜二」
「どうした?」
「なんか最近、組員たちの妙な視線を感じないか?」
「……気のせいだろう」
……竜二はもしかしたら確信犯かもしれない。
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