隠れ甘々なふたりに7つのお題


3. 異心伝心 side:M


宗像視点



 囚われる――。


 マットに左足を乗せると同時に自動ドアが静かに開く。
 店員の一人が気づいたようにこちらへやってくるのが見えた。
 だが。
 必要ない。
 お目当ての女はすぐに視界に飛び込んできた。

 細っこい小さな身体ごと真っ直ぐこちらへ向けている。
 その目には微塵の揺らぎもなく。

(親の仇じゃあるまいし)

 思わず内心苦笑するが、顔には出さない。
 まぁ、なんだ。
 せっかくこれほど熱心な視線を送ってくれているんだ。
 笑っちゃ失礼ってもんだろう。
 それになにより、このまったく媚びない眼を俺は案外気に入っているんだ。

「よう。待ったか?」
「ええ。随分と」

 まあ、よくある会話だ。
 俺も女を待たせるのは趣味じゃないが、仕事が理由じゃ仕方がない。
 こいつも別に怒って言ってるわけじゃないことは顔を見りゃわかる。
 寂しいのを機嫌が悪いフリで誤魔化しているのはバレバレだが、そんな強情なところも見ていて飽きない。
 指摘すればまた顔を真っ赤にして怒り出すんだろう。
 それもまた一興ではあるが、待たせた身としては黙っておくべきだろうな。……残念だが。
 俺は水を持ってきた店員にコーヒーを頼んで椅子に座った。
 さて、これからどうしようかと俺が口にしようとした時だった。

「あら。カイじゃないの? 久しぶりねえ」

 落ち着いた女の声が聞こえてきた。
 栗色に染めた長い髪をきれいにまとめて上品なスーツに身を包んでいる。
 本当に久しく見る顔だったが、すぐにわかった。

「なんだ。梓か。何してるんだ、こんなとこで」
「それはこっちの台詞なんだけど。可愛らしいお嬢さんを連れ込んで一体何しようとしてるのよ?」
「……」

「連れ込む」という表現を使われて眉間に皺を寄せた俺をまったく気にも留めず、梓は俺の正面でなぜか身体を硬くして険しい顔をしている少女に笑顔を向けた。
「初めまして。藤堂梓です。カイにこんな可愛らしい知り合いがいるなんて知らなかったわ」
 あまりにさわやかに言うものだから、言われた方も毒気が抜かれたように答えていた。
「……守門朝来です。えっと、あなた、この男とは――?」
 どういう関係だと目線で問うた少女に、梓はふわりと柔らかい笑みのまま一言で応えた。
「無関係よ」
「…………」
 なんと反応すればよいのかわからないという風に珍妙な顔をする少女のことも梓は気にしていない風だった。
 確かに梓が言ったことは間違ってはいない。
 たまたまGRAVEに同期で入った。
 俺とこの女との関係といえばそれくらいだ。名前と存在くらいは知っているが、今は所属も違っているので話す機会もない。
 ただ、彼女はちょっと有名だった。
 理由はふたつ。
 淑女然とした外見を裏切る女傑ぶりと、そしてもう一つは彼女の行動にあった。
「えーと、守門さん? こんな人相の悪い男なんか放っておいてあたしと楽しくお茶しない?」
 彼女が自分のお眼鏡にかなう人を見つけては口説きまわるというのは嘘ではなかったらしい。
 別に美少女趣味だとかいうわけではなく、どうやらその選択基準は己の直感のみらしいが。
 実に野生的で結構なことだが、そういうことは俺のいないところでやってほしいもんだ。

「おい。俺の連れを勝手に口説くな」
 凄みを込めて睨んでみるが、さすがに女傑は怯まない。
「あら、あなたの意見は聞いてないわよ」
「お前の意見も聞いてねえよ」

 それからしばらくにらみ合ったが、存外女傑は諦めが早かった。
 じゃあ今度ね、と聞き捨てならない台詞を吐いてはいたが、颯爽と店を出て行く様子を見て俺はなぜかどっと疲れを感じた。

「……驚いたわ」

 これまで黙っていた奴が感心したように口を開いたので、俺は眉を上げてそちらに向き直った。
「最初はあんたが手を出してた女の一人かと思ったけど、変な人ね。彼女、あんたのことなんて眼中になかったわね」
 何がそんなに可笑しいのか、こいつは肩を震わせて笑い始めた。
「……わっ、私、思わず三角関係の修羅場をっ……そ、想像、しちゃったわ。あー、可笑しい。心配して損したわ」
 何となく憮然となっていた俺は、この言葉を聞いてにやっと笑った。
「ほぉう。心配してたのか。俺が他の女に取られるかもしれないって?」
 間髪いれずに怒声が響くかと思っていたのに、返ってきたのは予想外の返事だった。

「違うわ。あんたが女に主導権を渡すとは思えないもの。『取られる』って表現は正しくないわね。どっちかっていうと、あんたが私以外を選ぶかもしれない  可能性があることが、ちょっと残念だっただけ」

 そう言って笑う少女に一瞬見惚れたなんて、間違っても本人には言えないな。
 俺は相手に悟られてはならない二度目の苦笑を内心で留めた。

 わかってないな。
 まったく、こいつはわかってない。
 俺がいつもどこにいてもお前を一瞬で見つけられるのはそれだけお前しか見ていないからだというのに。
 俺が梓を追い払いたかったのは、たとえ女であっても目の前でお前を誘われることに我慢ならなかったからだというのに。
 まあ、主導権は誰にも渡すつもりはないが、実はお前相手だとどうもそれも怪しいと最近思い始めているところだ。

 たぶんお前は自分ばかりが俺に惚れているんだと思っているんだろう。
 俺はいい男だからな。それも当然だ。
 だから、と言っちゃなんだが。
 俺が実はお前を手放せなくなっていることはお前が気づくまでは秘密だ。
 お前の心配なんぞ取るに足らないことだと言ってやらずに、お前に気を揉ませて楽しむくらいには俺は悪趣味だからな。

 さて。
 そろそろ出るか。
 こんな向かい合わせに座っていても、お前に触れられないしな。
 俺が触りやすいようにいつも下ろしている髪を触ってやらないのはむしろ失礼だろう?
 最近やっと重心を預けてくれるようになった身体を抱きしめるのは当然として、せっかくだからその美味しそうな唇ももらおうか。
 初々しい反応も、俺のせいで色々なこと(そりゃもうイロイロと)知っていく様子も、知っているのは俺だけだ。


 獲物を逃さぬ獣のように。
 こいつの強い目線を正面から受け止めた。




愛されてるのは朝来も同じ。
しかし、宗像氏の自信はどこからくるのやら……。

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