隠れ甘々なふたりに7つのお題
5. 外野の気持ちになってくれ
紀勢視点(宗×朝)
「おう紀勢、もう上がりか?」
「ああ。今日はまっすぐ帰るよ」
同僚からの問いかけに俺は肩をすくめて応えた。
GRAVEに所属して凶悪犯罪を扱っているとはいえ、最近は事件が多くて中々早く帰れなかった。
久しぶりに定時といえるような時間に解放されて少々浮ついた気分なのは勘弁してもらおう。
まあ、早く帰れたからと言って家に誰かが待っているわけでも、これから誰かと出かけるわけでもないのが悲しいところだが。
帰り支度をしていつも通勤に使っているバイクに跨ったところで、俺は誰かの叫び声を聞いた気がして思わず耳をそばだてた。
何か言い合っているらしい女の声が聞こえる。
ただの口喧嘩なら介入することもないが、大事になっても目覚めが悪い。
お人好しとよく言われる性格の俺は、お節介とわかっていながら一応その現場へと立ち寄ってみた。
「何度言ったらわかるのよ。耳おかしいんじゃないの。私は人を待ってるって言ってるでしょう!!」
苛立たしげなかん高い声が聞こえてきた。
さらに近づくと、どうやら少女一人をいかにもガラの悪そうな三人組の男たちが取り囲んでいるようだ。
「へっへっ。とか何とか言いながら、さっきから誰も来ねえじゃねえか。いいじゃねえか、どうせ待ちぼうけだろう? だったら俺らと遊んだほうがよほど 愉しいぜ〜」
品のない喋り方で男の一人が馴れ馴れしく少女の髪に触ろうとしている。
先ほどまで強気だった少女は突然固まったように動かなくなった。
それはそうだろう。こんな強面の男たちに刃向かって無事でいられるはずがない。
警察としても、男としても、この脅えた少女は捨て置けない。
俺は表情を引き締めてその場へ足を踏み出そうとした――-のだが……。
「ほぉ。どんな愉しいことをこいつに教えてくれるんだ?」
俺が姿を見せようとするよりも早く、本物の極道顔負けの悪人面をした俺のよく知る人がいつのまにか三人組の背後に立っていた。
「あぁ!? うるせぇ……よ……」
振り向きざまにガンを飛ばそうとした三人組の男たちの言葉は尻すぼみに終わった。
気持ちは分かるよ、君たち。
その人の登場で、俺は思わずゴロツキたちに共感してしまった。
なにせその人は今全身で威圧感を放出しまくっているのだから。
もともとかなりの長身と鍛えた身体をしているからその場にいるだけで相応の存在感はあるが、そこに怒気が含まれると蛇でも竦む。
普段はもう少し手加減しているはずなのに、はて、今日は機嫌が悪いのか、などと俺が呑気なことを考えている間に、どうやら戦意喪失したらしい 男たちはすごすごと退散していったようだ。まあ、今のあの人に盾突いたらむしろそっちを俺が止めに入らないとダメになるだろうから、 正しい選択をしてくれて少し安心した。
俺もとっとと帰ろう。
「……遅いわよ」
「だから、時間ずらせって連絡しただろうが」
不機嫌な二人の会話が踵を返した俺の耳に飛び込んできた。
男の方――宗像さんはともかく、少女のほうも聞き覚えがあると思ったら、そうか彼女は九竜組分家のお嬢さんか。
ん?だとしたらそのわりには大人しかったような……
そんな俺の内心を代弁するかのように、宗像さんが口を開いた。
「お前、黙ってその髪触らせようとしてなかったか?」
そういえば、さっきの男たちの一人が手を伸ばしていたな。
……もしかして、宗像さんそのせいであんなに機嫌悪かった……のか?
俺はなんとなく立ち聞きしてしまった会話に心の中でつっこんだ。
「黙って触らせるつもりは毛頭ないわよ。だってあのときはあんたが見えたんだもの」
あぁ、なるほど。それで安心したわけか。
一人納得して俺はバイクのところまで辿り着いた。
そこで何気なく振り返り、俺は後悔した。
「きゃっ!! ちょっと、放してよ」
「嫌だね。お前に触るのは俺の特権だ」
真っ赤になった彼女を宗像さんが嬉しそうに抱きしめ――否、羽交い絞めにしている。
「なっ――そ、そういうことを真顔で言うのやめてよね!!」
「あんまり大声だすと誰かに見つかるぞ」
「見つかってまずいようなことをしなけりゃいいでしょう!!」
「まあ、俺はまずいと思ってないからいいけどな」
「思いなさいよっ!!」
撃てば響くような彼女の突っ込みに、宗像さんが実に愉しそうな笑みを浮かべている……。
ああ、あちこちでこの光景を見た人が見ぬふりを決め込んでいるのがよく見える……。
思わず溜息をこぼした俺の耳に最後に入ってきた会話で、俺は彼女のこの後の運命を悟り心の中で手を合わせた。
「で、なんでこんな時間から待ってたんだ? 俺が来ると思ってなかったんだろう?」
まるで睦言のように甘い囁きが朝来の耳をくすぐった。
「…………だって、久しぶりに会えるんだもの。は、早く会いたかったのよ!!」
あー、そんな喜ばせるようなこと言ったらますますその人は調子に乗るぞ。
耳まで真っ赤にした彼女は俺でもかわいいとおもったくらいだ。
案の定宗像さんの両目がきらりと光ったのを俺は見逃さなかった。
あのお嬢さんが彼の餌食になるのは時間の問題だろう。(いや、むしろすでに餌食だが)
それにしても、宗像さん、あんた絶対わざと往来でそういうことしてるでしょう?
はぁ。
見せ付けられるこちらの身にもなってほしいと思うが、彼を止めるのは神にも不可能だろう。
俺は何だかどっと疲れを感じて足早にその場を去った。
その背中を、宗像さんがおもしろそうに見ていたことにも気づかずに。
……えーと、だから何? とかいうツッコミはなしってことで。
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