隠れ甘々なふたりに7つのお題
7. 最後はキスで閉めましょう
パチーーン……
小気味良い音が路地に響いた。
「っ痛ぇ」
防ごうと思えば容易に防げたはずの攻撃を甘んじて受けた宗像は、射殺すような視線をこちらに向けている朝来を見下ろした。
(まるで毛を逆立てた猫だな)
呑気にそんな感想を抱く。
ひっぱたかれても何も言わずに見下ろしてくる男に業を煮やした朝来は腕を組み、血が上っていた頭を少し冷やして尋問を開始する。
「で。私との待ち合わせをすっぽかして女とイチャついていた理由を教えてもらえる?」
想像していたよりも穏やかで落ち着いた話し方だったが、朝来の視線を真正面から受け止める宗像は、彼女の瞳に稲妻が奔るのを見た気がした。
(怒ってる怒ってる)
「やっと弁解を聞いてもらえるのか」
内心で朝来の反応を楽しんでいることは億尾にも出さず、口ではむしろ相手を非難するように言葉を紡ぐ。
「聞く価値のあるものだといいけどね」
「理由も聞かずに殴るのはいいわけか」
「――!! あ、あんたが人気の少ない路地裏なんかで女と密着してるのがいけないんでしょう!!」
「そうはいうけどな、あれはあの女がいきなり俺をあそこに連れ込んでいきなり首に腕を回してきたんだぞ」
「だから、その女はどこの誰よ」
「昔遊んだ女」
「……っ」
朝来は何か言い返そうとして、言葉にならず下を向いた。
わかってはいるのだ。
宗像を見つけたとき、確かに女と抱き合うような体勢だったが、良く見れば宗像は抱き返したりしていなかった。
嫌そうな表情を隠そうともしていなかったし、もしあの時朝来が無理矢理女を引き剥がさなければ早々に宗像が女をあしらっていただろう。
昔の女とは手を切ったというこの男の言葉を疑っているわけではない。
とはいえ。
それで感情が納得するかといえば決してそんなことはなく。
これ見よがしに宗像に胸を擦り付ける女に軽く殺意が沸くくらいには朝来も人並みに独占欲があるのだ。
さっきは思わず宗像の頬を叩いてしまったが、よく考えればそこまでする必要はなかったかもしれない。
(でも、我慢できないものはできないんだから、しようがないじゃない!!)
内心の葛藤に悶々とする朝来をそれまでじっと見ていた宗像が、不意に動いた。
「え」
朝来が反応したときには、すでにその身体は宗像に密着させられていて。
「ちょ」
朝来の反射的な反抗など無きに等しいとばかりに、宗像の長い指が朝来の顎を持ち上げる。
「――――んっ」
長いキスが始まった。
「ん〜〜〜〜〜〜〜」
「…………」
「――ふ……っ……ん、はぁ……んーーーー」
息もつかせぬ長時間攻撃。
やっと空気を取り込めたと思った矢先に再び唇を奪われる。
路地裏とはいえ、人通りが皆無ともいえない場所で、人目をまったく気にしないこの男ならではの行動だった。
さすがに、苦しくなって朝来が宗像の腕を数回叩く。
それに応えるように、宗像は朝来から顔を離した。
改めて見下ろすと、朝来は肩で息をしていた。
身体の力はすっかり抜けているようで、重心をほとんど宗像に預けている。
熱烈といっていいくらいのキスからやっと立ち直った朝来が、再び宗像を睨みつけた。
「ば、場所を考えなさいよ!!」
この第一声に、宗像は笑い声を上げた。
「何笑ってるのよ!!」
怒りと羞恥で頬を染めた朝来を抱きしめなおしながら、宗像は笑いすぎて涙の滲む目を向けた。
「場所を考えたら、今のキスくらいならいつでもしていいってことか?」
「なっ――」
朝来の叫びは再び口を塞がれてかき消された。
(う〜、この男、絶対これで話をはぐらかす気だわ)
恨みがましげな視線を宗像に向ける朝来は、しかし、このキスで先ほどから胸に湧き上がってきていた不安は解消されていることにも同時に気づく。
(――私って、結構現金なのかしら……)
キスで誤魔化されることに少しむっとしながらも、結局朝来はそれを受け入れる。
そんな彼女を密かに見つめる宗像の目がキラリと光ったことに気づく者はいない……。
朝来さん、宗像氏にはなかなか勝てないみたいです(笑)
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