拍手御礼企画



殺生坊主とネコ娘 【一】



朝来は、自分に運がないことをはっきりと悟った。それはもう絶望的なまでに。



確かに朝来は世間では妖怪と呼ばれるモノで、人にも化けられるし時には人の精気も奪う。

(だって仕方ないじゃない。 そうしないと死んでしまうんだから。別に人間の命まで取ろうだなんて考えてないわよ。 そりゃ、精気を吸われた人間はちょっとはだるくなるかもしれないけど。 だからって精気より肉を好むようなその辺の下等な妖鬼なんかと一緒にされちゃあ迷惑よ)


何となく現実逃避がしたくて、つらつらと内心で愚痴を零してみるが、それで現状が変わるわけではない。

(とにかく、私は慎ましく生きていただけなのよ。 それなのに。 それなのにどうしてこんな男に出会ってしまったのかしら……。 私は妖怪だから人間の言う「神様」なんて信じないけど、もしそんなのがいるなら一発どついてやらなきゃ気がすまない。 あぁ、本当にどうして今こんな状況に陥っているのかしら……。)

朝来の思いは切実だった。


「……なんだか珍妙な顔をしているが」
目の前の男が発した失礼な発言に朝来の眉がぴくりと上がった。
朝来はといえば、身動きできない身体をなんとか自由にしようともがいているが、術を施されているので実際には呼吸と瞬きくらいしかできないという情けない状態にある。


ちなみにここは町外れの妓楼の一室。
ちょっと精気を頂こうとした朝来をいとも簡単に呪縛した目の前の男は僧侶らしい。
らしい、というのはただ単に男が僧衣を着ているから多分そうなのだろうと思っただけであって、それを除けばどう贔屓目に見ても僧侶には見えない、どころかその目つきの悪さときたら博徒の親分だと名乗ってくれた方が納得できるくらいだ。
「こういうところ」を出入りする男の精気というのはだだ漏れみたいなものだから、いつものように油断したのが運の尽き。普通の人間には見えないはずの朝来の姿を見つけたこの男ときたら、忌々しいことに欠伸をしながら朝来を術で縛り付けたのだ。
確かにその法力の強さだけは朝来も認めるところだが、だからといって納得できるわけではない。


「ふむ。なかなか素敵な格好をしてはいるが、如何せん成長が足りないな」
男は遊女の着物を着た朝来の身体をしげしげと眺めた挙句、さらに失礼極まりない感想を口にした。 朝来の憤慨など完璧に無視だ。
「もうちょい育つところが育っていたら少しくらい精気を食われても良かったんだがな」
(この男、人が気にしていることをずばずばと……!)
にやりと口の端を上げる笑い方が、この男には腹の立つほど似合っていた。
「そんなに私が不満ならさっさと解放しなさいよ!」
腹立ち紛れに叫んだ朝来に、しかし男は予想外の返事をよこした。
「ま、俺としても女子どもを拘束して喜ぶ趣味はないからな」
そう言って程なく術を解かれたときには、あまりのあっけなさに朝来は思わずまじまじと相手の男を見返してしまった。
そして、拘束の術を解かれた代わりに己の身に降りかかった事実に数瞬遅れて気がついて盛大な舌打ちを洩らした。
「あんた、女子どもを拘束する趣味はないんじゃなかったの!?」
「もちろんだ。特に女は可愛がるもんで、虐げるもんじゃないからな」
「じゃあ、どうして私に使い魔の刻印があるのよ!!」
「そりゃ、そうでもしないとあんた逃げるだろうが」
平然と、胸まで張って宣言されてはさすがの朝来も項垂れる他ない。
そう、確かに朝来を縛り付けていた最初の術は完全に解かれていた。
しかし、まったく許しがたいことに別の術が即座にかけられていたのだ。
左の手の甲に浮かぶ蔦が絡まったような複雑な刻印。それは使い魔として主につながれた証だ。
先ほどまでの身体を拘束する術などとは比べものにならないくらいに強力な術。
魂までも主に握られていることを示す刻印に対し、嫌悪を抱かない妖がいるはずない。

主!

このおぞましい響きを、なぜよりにもよっていけ好かないこんな破戒僧(断じて絶対に真面目な坊主などではない!)に対して口にしなくてはならないのか!
朝来が絶望の淵にしばし沈んだとしても誰も責めないに違いなかった。




▼【二】へ



朝来さんは確かに発育がちょっと足りないかもだけど、
それが逆に色気になってるところが絶対あると思う。
宗像はなにやら余裕ですが…いつまでもつかな?…なんてね。