拍手御礼企画

殺生坊主とネコ娘 【二】




「……あんた、いったいここに何しにきたの…?」
訝しげに問う朝来の言葉はもっともだった。
何度も言うがここは妓楼である。
若い男(たとえ僧侶であろうとも)が一人で妓楼の門を潜ってまさかただ布団で眠るだけではあるまい。
妖だがまだ歳若く、見た目と実年齢が合う朝来でもそのくらいは知っている。
なのに目の前の破戒僧は女を呼ぶわけでも酒を飲むわけでもなく、先ほどからただじっと窓から外の景色を見ているだけなのだ。


不運にも使い魔とされてしまった朝来は主人の許可なくその傍を離れることができず、だからといって男が何かするわけでもなく、ただ何となく居心地の悪い 空気に落ち着かない気分を味わっていた。
「まあ、仕事みたいなもんだ」
朝来は自分の呟きに似た問いかけに返答があったことにも驚いたが、その内容にはさらにびっくりした。
「仕事? 僧侶の仕事が妓楼にあるなんて初耳なんだけど……」
「そうかい。だがあんただって今まで妓楼にちょくちょく出てきてるんだろ?」
突然自分の話になってなんとなく口をつぐむ朝来。
そんな彼女の様子を知ってか知らずか、男は窓の外に目をやったまま口を開く。
「まあ、入ってきた瞬間に妙な気配はしたんだが、まさかあんたみたいなのがいるとはな。さて、どうするかな」
そう言って、男は少し困ったように眉を上げ、視線を朝来にひたりと当てた。
射竦められるのとは違う、だが動くことが出来ない視線に絡め取られ固まってしまった朝来は、しかしそのとき閃くものがあった。
(まさか)
知らず表情が固くなる。
「ねえ」
「なんだ?」
「……もしかして、あんたの今回の仕事の対象って、私だったりするのかしら……?」
「そうだと言ったらどうするんだ?」
朝来は絶句した。
だがやはりと納得もした。
この男は依頼されて朝来を調伏に来ていたのだ。
そんな男の前にのこのこと姿を現した自分の浅はかさに嫌気がさす。
「……刻印まで押されてるのに、今さらどうもこうもないじゃない」
呑気に会話を交わしているが、男の目的を知った今では自分の運命を呪うことくらいしかできることはない。
使い魔の刻印さえなければ、なんとか逃げ出すことも可能だったかもしれないのに。
拳を固く握りしめ、唇を噛む朝来は、いつの間にか男が近づいていたことに気づかない。


「何を勘違いしているんだ」
もうだめだと思い、ぎゅっと目を閉じていた朝来は、顎を取られ、強引に上を向かされた。
突然至近距離に男の顔があるという状況に混乱する。
「な……に…って……」
何か口にしないといけないと思うのに、鼻先に息がかかるほどの距離に男がいることで上手く舌が回らない。


不意に男の指が朝来の瞼をなぞった。
指先は、そのまま頬を滑り落ち、肩に流れる髪を一房絡ませる。
その感触を惜しむようにゆっくりと指が離れていき、男が目を細めた。
「……確かに、噂が間違っているわけじゃあないようだな」
「何言って…? ちょ、離して…よ」
やっとそれだけ言うと、男がにやりと笑った。
「お前、男を惑わす猫又だろう? こんな体勢で照れてたら精気喰いっぱぐれるどころか、逆に喰われるぞ」
「余計なお世話……ひゃっ!!」
さらりと言われたセクハラ発言に言い返そうとした朝来は、しかし、男に耳朶をぱくりと口に含まれて奇声を上げた。
「な…な…な……」
セクハラ発言どころか、もはや完全なセクハラである。


朝来は突然のことに驚きで体勢を崩し、今や男に押し倒された格好になっている。
そんなあまりに初々しい反応を示す朝来に、男は内心驚きつつも顔には出さず、代わりに実に愉しげな笑みを刻んだ。
その笑みはどこか嬉しげでもある。
(なるほど、こんな反応をするあたり、噂は噂ということか)


「ちょっと、どいてよ」
なんとかそれだけ言って男を押しのけようとした朝来の腕はいとも容易く男に絡め取られる。
「話がまだだ」
確かに話は途中だが、だからといってこの体勢でする意味がわからない! という朝来の心の叫びはきれいさっぱり無視される。
「話なんかするだけ無駄じゃないの。どうせ私を退治しにきたんでしょう。だったら使い魔なんかにせずにひと思いにやればいいじゃない!」
こうなったらもう自棄だ。
自分にのしかかる男を睨み据えて刺々しく言い放つ。
朝来としては最大級の意地を張ったつもりだった。たとえ殺されるとしても、こんな男に命乞いなんてまっぴらだ。
まっすぐに見つめてくる朝来の視線に、男は驚いたように目を見開き、そして嘆息した。
「……だから、俺の話を聞けって。誰があんたを退治すると言った? だいたい、退治するなら見つけた瞬間にやってるぞ」
さらりと言われ、この男の法力の強さを改めて実感する。
「……じゃあ、どうするのよ」
「それだ。思わず使い魔にしたが、別に俺はあんたを使役したいわけじゃないからな。とはいえ、調伏の依頼を受けたのも事実だしな。 ここはお互いのために、大人しく使い魔になっておくことを勧めるぞ」
「…………」


朝来としては、『思わず』使い魔にされて、なんだかよくわからないが『大人しく』使い魔として収まっているのが一番いいと言われても、 正直言って頷きたくない。
だいたい、使い魔の刻印を刻むにはそれなりに力と時間が必要で、そんなほいほいできるものではないはずなのである。
逆に言えばそれだけこの男の力が優れているということに他ならないのだが、それは断じて認めたくない。
それでも、今の自分には男の提案に乗るのが最善であることもわかっている。
激しい葛藤の末、朝来はそれはそれは長い溜息を吐いた。
「で? 返事は?」
朝来の苦悩をわかっているくせに、面白そうに訊ねてくるこの男の首を今すぐ絞め落としてやりたい。
内心で物騒なことを考えながら、朝来は不承不承に頷いたのだった。




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やはり押し倒された朝来さんw
薄絹一枚の朝来さんは押し倒されたことで絶対胸元とか足元とか裾がはだけちゃって、かなり素敵な格好になっちゃってると思います。
そんな状態で据え膳食わない宗像は意外と強固な理性を持っています。
でもぜったいそのうち我慢できなくなると思う(笑)