拍手御礼企画

殺生坊主とネコ娘 【三】





僧侶の男は戒名を宗像と名乗った。
「ちなみに、俗名は嵬だ。ま、呼びたいように呼んでいいぞ」
妓楼を出て、宗像が泊まっているという宿に向かう途中での自己紹介である。
そして自分の名を名乗った宗像は当然のように使い魔の名を尋ねてきた。
「……朝来よ」
憮然とした声は確かに朝来のものだが、現在宗像の近くに彼女はいない。
代わりに、宗像の左肩には真っ白な猫が乗っていた。
その白猫に向かって宗像が言う。
「なんだ。まだ拗ねてんのか?」
「なっ! 誰が拗ねてるのよ! 腹を立ててるの! 見てわからないの!?」
「わからないな。そんな全身毛を逆立てても、触りたくなるだけだぞ」
「!」
つい先ほど押し倒されたばかりの朝来は、思わず威嚇の声を上げた。
朝来は現在、人型ではない。
その本性が妖である朝来は人間が猫又と呼ぶモノであり、当然人型と獣型の両方の姿をもつ。
何の因果か、自分を調伏に来たはずの不良坊主に使い魔にされてしまった朝来は、さすがに人型のままでは支障があるからと言われて 仕方なく獣型を取っているのだ。


「ちょっと、馴れ馴れしく触らないでよ!」
触りたくなると言ったそばから、ちゃっかりその指を朝来の白い毛へと絡ませた宗像はその感触の良さに目を細める。
猫の姿の朝来はたいそう目に楽しい、というのが宗像の率直な感想である。
雪のような白い毛皮は光を受けてどういうわけかきらきらと輝いて見えるし、こちらを睨む大きな眼は綺麗な琥珀色だ。
小柄だがしなやかな身体は優美な線を描いていて、肩の上で丸まる姿でさえ絵になるようだ。
「そうピリピリするな。美人が台無しだ」
宗像は思ったことを口にしたのだが、朝来には嫌味に聞こえたらしい。
「どうせ発育不良で力もないわよ……」
宗像から顔を背けてぼそりと愚痴のように言う朝来に宗像が少し首をかしげた。
「力がない?」
「あんたが言ったんじゃないの。猫又は人を惑わすって。私だってちゃんと力があれば妓楼なんかに出入りしたりしないわよ」
「……でもお前たちはああいうところによくいる気がするが?」
「そりゃあ、精気もらいやすいから。でも魅了の力さえあればどこだって大丈夫なのよ」
「そんなもんか」
「……興味ないんなら聞かないでよ」
疲れたように溜息を吐く猫というのも中々見られるものではない。
そんな朝来に嫌がられながらも宗像はすべすべした毛皮の感触を楽しむ。
(確かに人型のときは発育不足ではあったが、力がない? ……それはどうだろうな)
そんな考えが頭に浮かぶが、口に出すことはなかった。


遊里を抜けてしばらく歩き、一人と一匹は宿場町に着いた。
大通りに沿って様々な宿屋が並ぶ中、看板に≪紀勢屋≫と書かれた宿の暖簾をくぐり、屋内を見渡して目的の人物を見つけた宗像はいたって気さくに話しかけた。
「よう、元気か」
「……元気ですよ。一応ね。どうしたんですか、その猫」
応えた男は、長身で鍛えられた身体の宗像に負けず劣らずの体格をした人物だった。
宗像と同じ僧衣を着ている。とはいえ、この男もまた僧侶には見えない。
宗像と違って柔和な印象を与えるが、宗像の肩に乗る白猫を見て鋭い視線を投げかけ、一目で朝来を妖と見分けるあたり、やはり法力もかなりあるのだろう。
朝来はその視線を何食わぬ顔でやり過ごし、宗像は宗像で軽く肩をすくめただけで「気にするな」とはぐらかした。
「で、紀勢、依頼はあるか?」
「――まったく。俺は宗像さんへの仕事の仲介屋じゃないんですよ」
「いいじゃねえか。俺がやらない仕事はお前がやるんだから」
「……それはあなたが女人の依頼しか受けないからです」
「当たり前だろう。何が悲しくて男の頼みなんぞ聞かなきゃならないんだ」
宗像は胸を張って言い切り、それを聞いた男はそれは深い溜息を吐いた。
黙って成り行きを見守っていた朝来は、それだけで二人の関係を何となく把握してしまい、同情の眼差しを目の前の男に送った。
(ああ、なんだか他人とは思えないわね、この人)
もし僧侶と妖という関係でなかったら、宗像に振り回される者同士、ちょっと言葉を交わしてもよかったかもしれない。
とはいえ、ここで言葉を話すほど朝来は馬鹿ではない。代わりに自分に肩を貸している男を半眼で見据え、わざとらしく鼻を鳴らしてやった。
そんな朝来の様子に宗像は器用に片眉を上げたが何も言うことはなく、男に向き直って本題を戻した。
「で、紀勢、仕事は?」
「一件だけ、宗像さん向けのがありますよ」
紀勢と呼ばれた男は、もう諦めたように気を取り直して依頼者の話をし始めた。


「今回の依頼人は裏世界の総元締めの用心棒で、名は紅月司。 ここ数日で年若い男が次々に死んでいるらしいんですが、元締めの白神竜二が動かないために宗像さんに依頼が回ってきたらしいですね。 で、話しによるとその死人、どうやら精気を吸われているらしいです」
「…………」
紀勢の最後の一言で、朝来がぴくりと背中を振るわせた。
押し黙った朝来を横目で捉えながら、宗像は考えを巡らせる。
「ふーん。似てるな」
「そういえば、今日までの仕事も精気を吸う妖の調伏でしたっけ。何かひっかかるんですか」
「まあ、似てるといやぁ似ているが、同じ妖ではないな。ま、お仲間みたいなものなんじゃないか。それより、紀勢、その件はもしかして 九竜組が一枚噛んでるのか」
九竜組といえば、裏世界では知らぬものはいない極道組織である。
現組長は若くして三代目を継いだが、すでにその名は畏れと共に知れ渡っている。
そんな組織の中に入っていくのは、いくら女性からの依頼でも面倒だと宗像は思ったのだが。
「いえ、まだ表立って動いているわけではないですね。ただ死人の中に組の連中もいたらしいのでその紅月という女が調べ始めた、というところでしょう。 白神が動くかどうかは……まあ、現段階では微妙です」
どうやら依頼人の単独行動のようだった。それならば短期決戦で終わらせれば問題ない。
「……九竜組が動くなら面倒だが、ま、その紅月だけが動いているのなら問題ないか。とりあえず、行って話してみるか」
「じゃあ、それでよろしくお願いします。……念のため聞いておきますけど、宗像さんの腕を見込んで他にも十件以上依頼があるんですが」
「男か」
「ええ、まあ」
「じゃ、お前が何とかしとけ」
「……わかりました。それじゃあこっちの仕事は俺がもらいますよ」
「好きにすればいい。んじゃ、俺はもう行くぜ」
そう言って席を立つ宗像を見送る紀勢がまた深く溜息を吐くのを、朝来だけが目撃した。




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紀勢アキラ久々に登場(笑)
そのうち竜二と司も登場しますね。
…最初の構想では、二人は出てこない予定だったのに、なぜ登場したのだろう…謎だ(オイ)。
しかもどうやらコメディっぽくならない気がしてきた。おかしいな。