拍手御礼企画

殺生坊主とネコ娘 【四】






「相手の人間が死ぬまで精気を吸い尽くすってのは、穏やかじゃねえな」
≪紀勢屋≫を出て、依頼人との待ち合わせ場所へと向かいながら、宗像は独り言のように呟いた。
「……言っておくけど、私はそこまでしないわよ」
「わかってるさ。たちの悪い妖鬼ならともかく、あんたみたいな妖は普通獲物を殺したりしないんだろう。相手に気づかれたり、ましてや殺したりするようじゃあ三流以下だな」
猫型の朝来は宗像の言葉の前半には首を縦に振って納得したが、後半にはぴくりとその優美な尻尾を動かした。
「……つまり、あんたに見つかった私は三流以下だといいたいわけ?」
猫の姿で器用に半眼になって睨んでくる朝来に宗像は心外だという顔をした。
「まさか。ありゃ俺だから気づいたんだ。だいたい、あんたはさっきから自分で自分の力を過小評価しすぎだと思うぞ」
「だって……心の底から不本意だけど、こんなにあっさり使い魔にされちゃったじゃない」
「だから、それは俺の法力が強すぎるからだ。その辺の坊主相手ならそうそう簡単には捕まらないだろう?」
「…………」
なんだか、先ほどから随分と褒められているような気がして思わず朝来は黙り込んだ。
無理に慰めているわけではなく(そもそもこの不良坊主が他人を慰めるわけがない)、当然の事実を本人に確認しているだけのような問いかけ。
それがなぜかくすぐったくて、そんな自分を見られたくない朝来はぷいっと横を向いて宗像から顔を背けた。


未だ成獣していない朝来は仲間内でもその力を評価されたことはない。
それなのに、ほんの少し前に出会い、しかも成り行きで朝来を術で従えた天敵であるはずの僧侶が、初めて彼女の力を肯定したのだ。
(うう、ちょっと嬉しいと思った自分が嫌だわ。だいたい、この男は他人を褒める前に自分を褒めてるじゃないの! 騙されちゃだめ)
ほだされそうになった己を振り払うように、朝来は首を振った。


「お、見えてきたな。あれだ」
宗像の言葉でもうすでに振り回され気味の朝来は、その言葉ではっと我に返って前方に視線を投げた。
「――茶屋? そこで待ち合わせなの?」
「みたいだな。とりあえず、あんたは外で待つか?」
問いかけているということは、付いて行ってもいいということだろうか。
逡巡して、朝来は首を横に振った。
「問題がないなら私も話を聞きたい」
「そうか。ま、一応口は開くなよ」
「そんなヘマしないわよっ!」
宗像は、苛立つように言う朝来を撫でて軽くかわしながら茶屋の暖簾をくぐった。


「いらっしゃいませ」
茶屋を切り盛りしていたのは線の細い女性だった。
優しそうな笑顔を浮かべたその女性は、振り返りざま、入ってきた宗像を見て束の間口をつぐみ、そして恐る恐るといった風に口を開いた。
「……もしかして、司くんが言ってた方かしら?」
「よくわかったな。あんたの言う『司くん』というのが紅月司のことなら、俺の依頼人だ」
「そうでしたか。――えっと、あの、失礼ですけど、お坊さまですよね」
その問いに、宗像がにやりと応えた。
「見えないか?」
「ああ、いえ、すみません、すぐに司くんを呼んできますね」
失礼なことを聞いた自覚はあったのか、その女性は少し顔を赤らめてそそくさと奥へと入っていった。


「……まあ、確かに僧侶には見えないわよね」
実感を込めて朝来がぼそりと呟いたが、幸いその声は茶屋の奥から聞こえた明るい声にかき消されて宗像以外には聞こえなかった。
「おお、ホントだ。加悦さんが疑うのも無理はないくらい、まったく僧衣の似合わない僧侶だなー」
初対面の相手に失礼千万なことを言いながら姿を現したのは、人型のときの朝来と変わらないくらいの年齢の少女だった。
ただ、その姿を一目見てその人物の性別を言い当てるのは少し難しいかもしれない。
その少女は髪をばっさり切っていたし、着ているものも完全に男物、その上言葉遣いや態度までこの上なく男らしかったからだ。
紀勢から依頼人は女だと聞いていた宗像でも、さすがにその格好には目を見張った。
「紅月司だ。よろしく」
「宗像だ。……惜しいな。あんたもうちょっと女らしい格好をして髪でも伸ばせば結構いい女になると思うんだがな」
「女の格好なんて用心棒の仕事には邪魔なだけだぜ。それより、何か頼むか? それともすぐに話を聞くか?」
「そうだな。せっかくだから茶を一杯。それとこいつに水もくれると有難い」
宗像は肩に乗せた猫型朝来を指差しながら注文を言った。
「了解。じゃ、席は奥の座敷な。加悦さーん、注文頼むよ」
司は店の奥にいるはずの加悦に声をかけながら宗像を座敷へと案内した。


「俺が知ってる一番最初の被害者は実は九竜組の組員のヤツでさ。そいつは運よく命までは取られなかったんだけど、精気取られすぎて十日ほど寝たきりだった。 それがだいたい半年くらい前かな。それから半月に一回くらい、とくに遊里でよく遊ぶような奴らが姿を消すようになったんだ。 で、なんだかおかしいって噂が飛ぶようになった最近になって、姿を消す人数が急に増えた」
「どれくらいだ?」
「ここ半月くらいで十人以上。中には九竜組の組員も数人混じってる。俺は竜二にちゃんと調べたほうがいいって言ったんだけどな。 あいつ今忙しいとか言って取りあわねえから、評判の良かったあんたに依頼したんだけど」
「ここ半月か……」
「心当たりでもあるのか?」
「いや、俺が別件で依頼されたときも同じような話が同じ時期に噂されていたんでな」
「とにかく、人間相手なら俺が相手になるけど、妖相手じゃどうすりゃいいかわからないから任せる。報酬は竜二に出させるから心配しなくていいぜ」
天下の九竜組三代目組長をまるで手下のように扱うこの少女は、実は只者ではないかもしれないと、宗像は密かに思ったとか。


司から話を聞き終えた宗像は通りを歩いていた。そこでやっと、それまで借りてきた猫のように大人しくしていた朝来がぼそりと呟いた。
「……ねえ、やっぱり私の同族の仕業なのかしら」
「さあな。でもまあ、やり口が似てることは似てるからな。可能性はある」
「どうやってその妖を見つけるつもり?」
「そりゃ、囮を使うのが一番手っ取り早くて確実だろう」
「ってことは、私のときと同じことをするってこと?」
「察しがいいな。――どうする?」
嫌ならついてこなくてもいい――と、後に続く言葉を正確に読み取った朝来は眉間に皺を寄せた。




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司坊登場。
まあ、大した出番ではないですが。
次の更新も遅くなると思います…スミマセン。