拍手御礼企画
殺生坊主とネコ娘 【六】
真っ暗だ。
数寸先も見えない暗闇の中で、声がした。
――「白? 珍しいが、魔力が少し足りないな」
――「だが、一族の跡目には違いない。必ず主殿の伴侶となってもらう」
(ああ、これは父さまたちの会話ね)
――「あら、ごめんなさい。魔力が小さすぎて気がつかなかったわ」
――「お姉さま、無理はよくないですわよ。どうせそんな魔力じゃ、大した獲物も捕えられないのだから」
――「卑怯? こんな術も見破れないで、主様の伴侶候補を名乗る方がおこがましいのよ」
(一族の女たち……。あんたたちに、私の何が分かるというの)
――「腕に重傷? 何をやっている。それで主殿の手を煩わしたのか」
――「次はないぞ。できるな?」
――「まだ成獣しない? お前は、一体何のために生まれてきたんだ!」
(私……? 私は、一体、ナンノタメニウマレテキタ……?)
スベテハ主殿ノタメニ。
オマエノ存在ハ無意味ダ。
オマエノ存在ハ足枷。
「ヤメテ! ヤメテ! 私は――!!」
絶叫する朝来の耳元で、かすかに、しかし沁み渡るような声が聞こえた。
「……あんたはさっきから自分で自分の力を過小評価しすぎだと思うぞ」
……だれだろう。そんなことを言ってくれる同族などいないはず。
そして再び、意識が途切れた。
+++
「――てめえ、こいつに何しやがった?」
地を這うような低い問いかけに、漆黒の妖は嗤った。
「何、少し精神に干渉しただけだ。しかし、驚いたな。この弱き同族がまさか主様の伴侶候補だったとは……」
後半、宗像には意味のわからぬことをつぶやく妖を横目で牽制しつつ、白猫の姿のまま死んだように気を失った朝来をそっと抱き上げようとして――。
「っ痛!!」
朝来に触れようとした瞬間、宗像の手に電撃が奔った。同時に、目もくらむような閃光が駆け抜けた。
反射的に目を閉じた宗像は、それでもしっかりと周囲の気配を探る。
どうやらあの妖にも動きはないらしい。
薄く瞼を開きながら、油断なく状況を把握する。近くで、驚愕したような妖の声を聞いた気がしてそちらに目を向けた宗像は信じられないというように目を見開いた。
そこに佇んでいたのは、白銀の獣だった。
降り積もったばかりの雪原を思わせる毛並みは月光を浴びて浮かび上がるように輝き、黄金の瞳は真っ直ぐに宗像を貫いている。
姿かたちは漆黒の妖に良く似ているのに、まるで別の生きもののようなその存在感に、宗像の背をぞくりとした何かが奔った。
「……朝来、か?」
信じられないくらいに妖気が跳ね上がっているが、状況と妖気の質からしてそうとしか判断できず、宗像は問うように目の前の妖に声をかけた。
が、朝来が口を開く前に、耳につく女の声が響き渡った。
「ふ、ははは! これは面白い! 弱きものと侮ったが、やればできるではないか。成獣した妖の力、愚かな人間にとくと見せてやるがよい」
その言葉に反応したのか、朝来は宗像に視線を合わせたままほんのわずかに首を動かした。
「!?」
本能的に危険を察知した宗像は、一瞬でその場を飛び退く。
ほぼ同時に、宗像のいた場所に雷撃が落ちた。
「な!?」
さすがの宗像も驚愕の声を上げる。まさか、使い魔が主に本気の攻撃を仕掛けるとは宗像にも予想外だったのだ。
そもそも、契約を済ませた使い魔は本来、主となる人間に攻撃をしようとすると力が己に跳ね返ってくるはずなのだ。
主に背くのは使い魔にとって最大の禁忌。報いは契約の名のもとに必ず訪れる。
そしてそれは、成獣して力を得た白銀の妖も例外ではなかった。
「朝来!」
雷撃とともに血を吐く朝来の姿に、宗像の総毛が逆立つ。
「どうだ、人間? お前程度の契約など、この通りなんの枷にもならんらしいな。さて、どうする? この白き同族はお前を狙うのをやめないぞ」
心底愉快だとでもいうように、漆黒の妖が宗像に語りかける。
不愉快極まりないが、宗像の術は朝来を縛りきれていないらしい。漆黒の獣の精神干渉でどうやら自我を封じられている朝来に、宗像はゆっくりと向き直った。
(まずは、朝来だな)
漆黒の妖がどう動くかは賭けだったが、宗像はこれ以上、朝来に血を流させるつもりは微塵もなかった。
宗像の口角がわずかに上がる。
「主人の言うことが聞けない奴には、おしおきだな」
自我のないはずの朝来が、一瞬ぶるりと震えたような気がした。
▼【七】へ
う〜〜ん。
パラレルワールドでも朝来さんは自分の居場所を見つけられない設定…強引か(笑
朝来の一族の長が登場するかは未定。
どうなんだろう、別に必要ないよね、とか思うんなら、設定作んなって話ですよね。。。