拍手御礼企画

殺生坊主とネコ娘 【八】






懐から取り出した閃光玉で視界を奪った宗像は、自分も眼を閉じながら印を組む。
敵の動きがいないことを気配で察知しつつ、法力を指先の一点に凝縮させた。


朝来は、自分に覆いかぶさったまま何かやろうとしている宗像に不安を隠せないでいた。
なんだかんだと軽口を叩いてはいるが、左肩の血はまだ止まっていない。
状況から見て漆黒の獣の牙にかかったことは明白だ。
とにかく早く戦闘を終わらせてこの男の手当てをしなくては、と焦りが募る。
宗像が何かするつもりなら、それまで自分はどんな攻撃も回避してみせようと腹を括り、閃光が収まるのを見計らってうっすらと目を開けた。


「っ!!」

突如正面から牙をむく敵を本能だけで避ける。
自分よりも大きな宗像を背負っている分、どんなに反応が良くても相手の牙と爪は朝来の身体のぎりぎりを掠めていく。
攻防は数回続いたが宗像は動こうとしない。
しびれを切らした朝来は一端背後の男を無視し、集中して雷撃を放った。


「甘いな」


直撃すれば無事ではいられない必殺の朝来の雷撃は、いとも容易く漆黒の獣に避けられる。
「まだよ」
次々と雷撃を放つ朝来はじりじりと妖気をすり減らしていった。

(やっぱり、経験の差がでるんだわ)

負ける気はさらさらないが、戦闘における自分の力量くらいは朝来にも見極められる。
自分ひとりじゃどうあっても目の前の敵を倒せないとわかるのだが、諦めるという選択肢は端からない。


「ちょっと、嵬! 何をするつもりか知らないけど、やるなら早くやってよ!」
「……あんたがちょこまかと動き回るから狙いが定まらなかったんだが」
「あいつの攻撃を避けてやってたのよ! 文句あるの」
「いいや、助かった。ありがとうよ」
「…………わかればいいのよ」
きゃんきゃん吠えても、こちらが素直になると突然大人しくなることに宗像は内心で苦笑する。

「さて、そろそろ俺も仕事するから、ちょっと降ろしてもらえるか」

そう言って、朝来の鼻先に立ち敵を正面に見据えた。
不安そうな朝来の頭を撫でて無言の内に『大丈夫だ』と伝える。

「だいぶ血を流しているが、ずいぶんと余裕だな」
「身体だけは丈夫なもんでね。さて、仕切り直しだ」

言うが早いか、漆黒の獣に向かって指先を向ける。
巨大な網のような光が瞬時に黒い獣を絡め取った。

「小賢しい!」

叫びと共に、自身に絡まる光の網を妖気で吹き飛ばす獣。
が、次の瞬間黒い獣は眼を最大限に見開いて驚愕を示した。

「確かにお前は力ある大妖だが、俺に言わせれば詰めが甘い」

断言して、印を組んだ左手を一振り。
光の網を妖気で吹き飛ばした獣は、吹き飛ばされると同時に発動した別の術に足元を囚われた。
一瞬の油断。
足元に気を取られたその次の瞬間には、頭上から法力で編まれた檻が降って来た。
轟音と共に地面に突き刺さった檻は黒い獣の妖力を吸い上げる。

「お…のれぇ!!」

両目を血走らせた獣はその鋭い牙を檻へと向けるが、獣の妖力を吸い取ってますます強固になった檻はびくともしない。


「……すごい」

目の前で繰り広げられた法術に朝来は唖然としていた。
まさか、黒い獣がこれほどまでに手も足も出ないとは。
左肩に大けがを負った状態でこの難易度の法術を難なくこなすこの男は普通ではない。
あっと言う間に黒い獣は妖力を失い、呪詛の言葉を吐いて調伏された。

目の前で同族が調伏される様子を見て、動揺しなかったと言えば嘘になる。
一歩間違えば、明日は我が身だったはずだ。
大妖すらも相手にならない宗像に本来ならば畏れや恐怖を抱くのが普通かもしれない。
だが、そういった感情が朝来にはまったく表れなかった。
自分でも不思議なくらい、目の前の男が無事でいることがうれしい。

敵が消えて朝来が安堵の吐息を吐こうとしたその時―――。


宗像が足元から崩れるようにして倒れた。





▼【九】
※拍手再掲