拍手御礼企画

殺生坊主とネコ娘 【了】






朝来は絶体絶命のピンチに陥っていた。
―――主に、貞操の危機という意味で。


漆黒の同族との戦いで成獣となった朝来は、これまでとは比べ物にならないほどの膨大な妖力を備えるようになった。
が、精神干渉による半ば強引な成獣であったためにその力を自在に使えるとは言い難い。
本来、成獣すれば人型も少し成長するものなのだが、朝来は未だに以前のままであることを考えるともう少し力の使い方を覚える必要があると言えた。
つまり、何が言いたいのかと言うと。


「ちょっと! どうして私の寝室にあんたがいるのよ!」
「そんなに照れなくてもいいぞ」
「て、照れてない! じゃなくて、なんであんたがここにいるの!」


爽やかな朝、目覚めたらそこには厳つい破戒僧が自分にのしかかっていたのである。悪夢か。
眠気を一瞬で吹き飛ばす状況に朝来が顔を真っ赤にして怒号を発している。
各段に力は上がったはずなのに、どうしてもこの破戒僧に敵わないのが朝来には非常に不満であった。
だが、成獣したにもかかわらず相変わらず華奢な朝来を組み敷いた不埒な男は悪びれもしない。

「いや、そろそろあんたも腹が減っているんじゃないかと思ってな」
「はぁ?」

こんな状況だが宗像の言っている意味がよく理解出来ずに思わず抵抗をやめる朝来。
宗像は朝来の無防備さに内心呆れながらも同時にふつふつとわき上がる何とも言えない衝動を理性で押し込めた。

「あんた、成獣してから”食事”してないだろう」
「……ちゃんと食べてるわよ」
「そりゃ”人”の食事の方だろう」
「……」

先ほどから体勢はアレだが、宗像が真剣な表情をして朝来を問い詰めている。
つまり、猫又として人の精気をしばらく吸ってないだろう、とそう言われているのだが、朝来としてはこの男にそれを肯定するのは嫌だった。

(どうして、よりによってあんたがそれを聞いてくるのよ)

そう思うのは朝来の乙女心のなせるワザである。

黙り込んだ朝来に宗像は小さくため息を吐く。
そしておもむろに朝来のやわらかな髪に指を滑り込ませた。
思わずといた風にびくりと肩をすくめた少女の仕草に口角が上がるのが分かる。

(まったく、この娘は)

強情で負けず嫌い。大妖の力をもつくせに年端もいかない少女の姿をとり、男の精気を吸うくせにわずかな接触に過敏に反応する初々しさ。

(まいったな。しばらくは我慢するつもりだったんだが)

宗像は本当にそういうつもりがあったのか疑わしいような妖しい光をその双眸に灯し始めていた。

そんなことにはまだ気がつかない朝来は、しばらく唸ってから意を決したように宗像を睨みつける。

「精気はしばらく吸わなくても死んだりしないわ。あんたに言われなくても必要なときは自分で調達するわよ」

精気を吸うということは(朝来にとっては)割とデリケートな話題である。
何が悲しくて(認めたくはないが)気になっている男にそんな”食事”事情を話さねばならないのか、と一瞬遠くを見そうになったが、頑張って視線を逸らさずに言いきった。

が。

直後、宗像の纏う空気が一変した。
ぶわりと背筋を悪寒が走る。
びっくりして声も出せずにいる朝来に、宗像は鼻先が触れそうな距離で囁いた。

「それは、以前のようにまた妓楼に出入りするということか……?」
「な、なによ。悪い?」
「ああ、悪いな」
「そんなことあんたに関係――」
「あるさ。有象無象の野郎なんかより、目の前にいるだろう?」
「何を言って……」
「俺にしとけ」

そう言って、意図して口角を上げる。
間近で見た男の目には隠しようもないほどの情欲が見える。
宗像の言葉の意味を理解する前に、これは危険だと朝来の本能が警鐘を鳴らすのと同時に。

「―――んっ!」

宗像の吐息が耳朶をくすぐった。反射的に目を閉じる。
続けて唇が首筋をなぞると耐えきれないように小さく呻いた。
「ん……やっ!」

抵抗したいのに、身体に力が入らない。
びりびりするような感覚が背筋を突き抜け、目にはうっすらと涙がたまった。
薄く目を開けると見計らったかのように瞼に口付けが落される。
唇を噛みしめて声が出るのを我慢していると、不意に顎に指がかかり上を向かされた。

最初は、触れ合うだけの優しい口付けだった。
強引な体勢からは想像できないような柔らかな感触にさらに力が抜ける。
それを待っていたかのように今度は深く口づけられた。

同時に、朝来の身体のすみずみにまで力が満ちてくるのが分かった。
(精気……? 流れてくる)
ぼんやりと口付けの意味を理解するが、その快感とも言える感覚に眩暈がする。
もはや理性が無くなりかけた朝来は、自らその腕を男の首に巻き付けて口付けを強請った。
思わぬ積極性に宗像が目を見開くのにも構わず、力を求めて朝来が起き上がる。 いつのまにか押し倒した宗像にまたがるようにして口付けをしていた朝来は、しばらくするとぱたりと気絶するように倒れた。

「朝来? おい、大丈夫か?」
突然意識を失った朝来にさすがの宗像も慌てたが、よく見ると自分の胸板を枕代わりにすやすやと眠りこけているのを見て力が抜けた。
念のため朝来の額に手を当てて妖力を確かめると、宗像の力が朝来のすみずみにまで届いているのを感じ取った。
どうやら純度の高い宗像の法力を自身になじませるために眠りについたらしい。
思わず笑みがこぼれた。
朝来の左手の甲にはもう刻印はない。
だが。

(俺の法力が身体中を巡ってれば男も寄って来ないだろうな)

マーキングに成功した男は満足げに笑みを浮かべ、少女の身体を抱き直して自身も眠りについた。


目覚めた朝来が己の所業を思い出して身悶えるのを楽しげに眺める男がさらに魔の手を伸ばそうとしていることに気づく者は残念ながらいなかった。


こうして、僧と妖の戦いは甘さを含んで激化したとかしないとか。
ただ、当代一と誉れも高い比類なき法力を有した僧侶のそばにはいつも少女がいたという――。



 ― Fin.―




▼【おまけ】
※拍手再掲

はー、やっと終わった。
お待たせしすぎてすみません。。。
当サイトに来ていただいた皆さまの暇つぶしになれたなら、幸いです。