華麗なる宴の影で


≪第1話≫



関東最大の極道九竜組三代目組長。
この厳つい肩書きを持つ人物が実はまだ弱冠十四歳であるという事実はよく知られている。
しかしながら、年齢だけでこの三代目を推し量るのは浅慮というものである。
荒くれ者たちを難なく纏め上げる統率力とカリスマ性は人語に落ちず、鋭い眼光と全身でまとう重厚な雰囲気は組長の貫禄十分だ。
加えて、整った顔立ちと鍛え上げられた長身を持つ美丈夫である。
知力、体力、時の運に加えて容姿にまで恵まれた若き組長は、その世界では垂涎の的だった。
――詰まるところ、白神竜二という青年(年齢的には少年といっても差し支えないが…)は、まことにすばらしい優良物件、もとい花婿候補なのである。





――ホテルユニオン。
最近新しく完成したこのホテルの大ホールで、今、その記念パーティーが盛大に催されている。
高い天井には華やかなシャンデリアが煌き、その目映い光に照らされたいくつものテーブルの上には豪勢な料理が並んでいる。
行き交う人々はそれぞれ美しくまたは凛々しく着飾り、これまた一杯いくらするのか怖くて聞けないような高価なドリンクを片手に談笑している。
そんな非日常的な光景を、司は半ば呆れながら眺めていた。
会場の隅で壁に背を預け、周囲の動向に目を配る。
しかし、右を見ても左を見ても、札束が服を着て歩いているようにしか見えない司は呆れたように呟いた。
「……これだから、金持ちのやることは理解できないぜ」
ホテルユニオンは九竜組が以前から懇意にしていたグループが手がけるホテルなので、今夜のパーティーにはもちろん竜二も招待されていた。
竜二が行くところには、司がボディガードとしてついていくのは当然だ。
ただここに至るまでには、司の着るものについて竜二との間でひと悶着あったことも明記しておこう。
虫よけのために同伴としてドレスを着ろと(妙に熱心に)勧める竜二に対し、ドレスでボディガードが務まるかと言って当然のごとく司が反論する。
それでも納得しない竜二を、司が渋谷と一緒に説き伏せて、なんとか今の形(男物の正装)で決着したわけである。
そのためなのかどうなのか。
今夜はずっと竜二の機嫌がよろしくない。
とはいえ、パーティーも仕事のうちである。
表面上はそつなく来客たちに対応する竜二は、司や渋谷以外から見れば相変わらずの鉄面皮に見えるであろう。


そのうち、竜二と付かず離れずの距離から警護する司は己の眉間に皺が寄り始めているのを感じていた。
一通り挨拶を終えたらしい竜二の周りに、先ほどからきらびやかな女性の輪ができている。
「……」
職務上竜二から目を離すわけにはいかない司は、自信に満ちた女性陣に囲まれた竜二を視界に入れないわけにはいかない。
「気にしない、気にしない」
無理矢理平常心を装いながら、それでも耳は楽しそうな会話を拾い上げた。
「やだっ、もう三代目ったら……」
「……いやですわ、そんなことおっしゃって」
「三代目、よろしければ今度……」
等々、聞こえる言葉の端々に竜二への媚が含まれているものだから、自然と司の顔も渋面になろうというものだ。
そんな司の背後から、よく知った声が聞こえてきた。
「なんなの、あれ。あんな女豹みたいな女どもに竜二が靡くと本気で思ってるのかしら」
司が振り返ると、それまで司が見ていた光景を睨みつけるようにして立つ朝来がいた。
黒いスーツの司に比べて、今日の朝来は招待客の一人らしく、淡い緑のドレスを着ている。
癖のある髪を纏めてアップにし、白いパンプスを履いた姿は大層可愛らしいが、その姿で腕を組んで仁王立ちをしている姿は何とも言いがたい。
「朝来。来てたのか」
「何よ、来てちゃ悪い?」
相変わらず喧嘩腰の会話になってしまうが、二人の間ではこれは普通である。
「だいたい、あんたのその格好はどうなのよ」
竜二から視線を外した朝来が呆れたように言った。
「別に、ヘンな格好はしてないだろ」
「そういう意味じゃなくて。なんでドレスを着てないのかって聞いてるのよ」
この質問に、パーティー前の竜二との言い争いを思い出した司がげんなりとしながら言い返した。
「あのな。ドレスなんか着てボディガードが務まるわけないだろ」
ちょっと疲れたような司の返答に、朝来は盛大な溜息を吐く。
「……あんた、あの光景見て何とも思わないわけ?」
朝来が指差す方向につられて視線を向けた司は、相変わらず数多の女性に迫られている竜二を認めて眉を顰めた。
「そんな顔するくらいなら、最初からあんたが竜二の横に立ってたらよかったじゃないの。だいたい、あの状況を竜二が楽しんでいるとでも思ってるの?」
朝来の指摘は正しい。
最初から竜二の同伴として司が傍らにいれば、あんな菓子に群がる蟻どもを寄せ付けはしなかった。
ただ、それでも、司にはボディガードとしての誇りがある。
ただのお人形のように大人しく竜二の隣に立っているだけというのは、性に合わないのだ。


(だから、どうしてこう融通が利かないのかしら! 別に隣にいたって竜二を守るくらいあんたならできるでしょうが!!)
と苛々しながら朝来は思う。
思うが、なんだか正直に言うのは悔しい気がして、また一つ溜息を吐くに留めた。
そこへ、別の声が割り込む。
「失礼?」
司と朝来が同時に振り向く。
背の高い女性だった。白い細身のドレスが見事な身体の曲線を際立たせながらも下品な感じはない。
うなじを強調するように纏められた髪は色素が薄く、耳の横から一房たらしている様が妙に艶かしい。
表情や仕草から、己へのかなりの自信を感じさせる女性だった。
「あなた、もしかして三代目の聖妻候補だった方では?」
人の良さそうな微笑を浮かべながら、きっちり過去形であることを主張して朝来に目を向けている。
(また、厄介そうなのが出てきたわね)
内心そう思いながら、そこは朝来も顔には出さずに表面上はにこやかに応対する。
「昔の話ですわ。今その候補になっているのは一人だけです」
自信たっぷりに、ちらりと司を見ながら意味深に聞こえるように言葉を紡ぐ。
そんな朝来の態度に、女は艶然と微笑んだ。
「ええ、その話は聞いております。なんでも鬼神のごとき強さを見せる方だとか。ですが、そんな方が三代目を癒して差し上げられているのか少し心配にもなりますわね」
女は話しながらちらりと司に視線を投げかける。
「そんな腕っ節ばかりの山猿のような方よりも、もっと三代目を包み込んで差し上げられる女性の方が、聖妻になるべきだとは思いませんか?」
にっこりと、今度はしっかり司と目を合わせて女は言った。
突然降って湧いたような女性にいきなり宣戦布告されてしまった司はしかし、こういうときにどう対応してよいのかイマイチよくわからない。
どうしたものかと悩んでいるのを、女は怖気づいたと判断したようだ。
くすっと勝ち誇ったように笑い、 「やはり、噂で聞くのと実際にこの眼で見るのとではまったく違いますわね。今夜は会えてよかったわ。またいずれ」
そう言い残して、あっという間に立ち去っていった。


「……なんか、よくわからんがすごいな」
女の後姿を見送りながら思わず呟いた司の後頭部を朝来の拳が襲い掛かった。
「痛っ!! いきなりなにすんだよ!」
「なにすんだよ、じゃないわよ! あんたなんで何も言い返さないのよ! あんたが何も反論しないと、あんなどこの馬の骨ともしれないような女に竜二が甘く見られちゃうじゃないの」
「……なんで朝来がそんなにムキになるんだ」
「あんたが不甲斐無いからよ!」
「んなこと言ったって、俺は竜二のただのボディガードだし……」
「――それ、本気で言ってるの?」
地を這うような朝来の声に、司がびくりと肩を震わせた。
おそるおそる朝来を見つめる。
「いや、だから、どうしてお前がそこまで怒ってるんだ……?」
物分りの悪い相手に対し、朝来のこめかみが引き攣る。
朝来の両目がすっと細められた。
「いいわ。あんたが買わなくても、この喧嘩、私が買ってやるわ。あんたも協力しなさい、バカ月」
有無を言わせぬ迫力でそう言いきった朝来は、司の腕をとって足早に歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待て、朝来。俺はここを離れるわけには……」
「うるさい。あんたの代わりにうちのやつを置いておくわよ。いいから黙って付いてきなさい」
「……はい」
鬼のような形相の朝来にはこれ以上逆らわぬほうが身のためだ。
経験則と野生の勘でそう判断した司は、観念して朝来に引きずられていった。


司が朝来に引きずられていった先は、ホテルに隣接するドレス売り場だった。
「いらっしゃいませ。本日は何をお探しで?」
「とりあえず『これ』を化けさせてちょうだい」
「へ?」
にこやかに接客する店員へ、朝来は無造作に司を差し出す。
司が唖然としている間に、その身体は奥へと連れ込まれ、次から次へと服を着せ替えられる。
しかも着せられたドレスの良し悪しの判断はなぜかすべて朝来がしている。
あれよあれよという間に、司は見事に化けさせられていた。


「……な、なにがどうなって……」
「……あんたって女装するとほんと14に見えないわよね」
司の混乱を無視して朝来がしみじみと呟いた。
今、司は飾り気のない黒いスーツを脱がされ、鮮やかなワインレッドのカクテルドレスを身に纏っている。
光沢の良いサテンが光を弾き、薄絹を重ねたようなティアードにはドレスと同じサテンのベルトとバラのコサージがついている。
肩紐のみで露わになった肩にはショートボレロを合わせ、すらりと伸びた足先には黒いパンプス。
短かった髪は鬘で長くし、顔には薄く化粧まで施している。


「ちょっと悔しいけど、上々の出来だわ。さ、行くわよ」
来たときと同じくらい唐突かつ強引に司を元いた会場まで引きずっていった。
(……もう好きにしてくれ)
慣れない着せ替えで心身ともに疲れてしまった司に抗う意思はほとんど残っていなかった。


――司が着せ替え人形の任務を全うしている頃、竜二は顔こそ無表情のままだったが、内心では盛大な溜め息を吐いていた。
「ねぇ三代目、来週のパーティにはどなたをお連れになりますの?」
麗しい姿に上品な物腰。
妙齢の女性らしいほどよい色気を備えた女性たちは、他人事ならば目に楽しい。
しかし、その仕草や目線には必ずといっていいほど媚びの色があった。
(鬱陶しい)
女性の努力もむなしく、竜二はそんなことを思う。
そして彼女の思わせぶりな口調に込められた真意を正確に理解しながら、わざと素っ気ない態度で答えた。
「特に決まっていない」
「まあ。本当ですの?」
竜二の言を聞いて得たりとばかりに瞳を輝かせ身を乗り出したのは、先ほど司と朝来に宣戦布告をしたあの女である。
そしてさも驚いた風に口を開く。
「九竜組の三代目組長ともあろう方が、組の新年会にお一人でご出席されますの?」
「何か問題でも?」
軽く非難する口調の女に対し、もはや不機嫌を隠そうともしな竜二が鋭く問い返したが、自分の売り込みに絶対の自信を持っているらしい 女はそんな竜二に気づかない。
「三代目ったら、ご冗談を。パーティには同伴が慣例なのはご存知でしょう。ですけど、お忙しい三代目のことですもの。 お相手を探す暇などないのも道理というもの。よろしければ……」
そういって、自分を売り込む女から竜二は目を離した。そして、会場の入り口に立つ人影を見て息を呑んだ。


朝来に言われるがままにパーティー会場に戻った司だったが、正直なところ戸惑っていた。
(ええい、こんな格好で俺にどうしろっていうんだ)
着慣れないドレスでどこか居たたまれなくなりながら、手持ち無沙汰にきょろきょろとあたりを見渡す司に、何人かの男が声をかけてくる。
「どなたかをお探しですか?」
「よろしければテラスでお茶でもいかがですか」
「これはまた美しいお嬢さんが、お一人ですか?」
妙に背中がむずがゆくなる言葉ばかりを掛けられて、こめかみを引き攣らせながらなんとかその場を凌ぐ。
すでに別行動を取った朝来を目で追うと、さっさと行けと顎で示された。
(んなこと言ってもよ、あの状況の竜二になんて声かけりゃいいんだよ……)
途方に暮れる司は、しぶしぶと竜二のいる方向へと脚を進めていった。


(まったく、なんて奴だ)
竜二をしてこんな言葉を吐かせられるのは世界広しといえども司くらいのものである。

―― 一瞬で惹き付けられた。

まるで強力な磁石のように、視線を捕らえて離さない。
太陽のような強烈なオーラが会場の目を釘付けにしていることに、司は気づいているのだろうか。
途中、何人もの男に声をかけられているのは気に入らないが、まあ、命知らず共はあとで黙らせることにする。
なにより、そんなことは些細なことだとばかりに内に秘めた強い意思を感じさせる黒い瞳がまっすぐこちらを見ているのだ。
これを喜ばずにいられようか。
竜二は思わず微笑した。
さきほどから熱心に竜二を口説いていた女が、竜二の表情に驚愕し、その視線の先を追う。
そして目に飛び込んできた圧倒的な存在感を放つ女性に目を瞠った。
(まさか、まさか、あれはさっきの山猿女……?)
驚愕する女は、その背後で勝ち誇ったように笑みを見せる朝来を見つけて唇を噛んだ。


(ふん、驚きなさい。あのバカ月がこれだけ化けるなんて、想像もしていなかったでしょうよ。あんたじゃ竜二には役者不足だってことがわかったかしら?)
女の青ざめた顔に溜飲を下げた朝来はご機嫌だ。
朝来は司が気に入らない。
それは昔から変わらないが、だからといって何も知らない他人に貶められてだまっていられるような性質ではない。
司がバカにされるということはそれを認めた朝来をバカにすることであり、ひいては竜二を貶めることである。
落とし前はキッチリつける。
どんなに可憐な姿をしていても、朝来も極道の女であった。


ゆっくりとした足取りで竜二を目指す司は、途中から痛いほど凝視してくる竜二の視線にどぎまぎしていた。
(な、なんかヘンだぞ。どうした、俺の心臓!)
平静を装いながらも、逃れられない視線に身体が熱くなる。
だがそれは、竜二の微笑に比べれば些細なものだった。
自分にだけ向けられる、甘い甘い微笑。
(――っっっ!! ちょーーっと待て! 今その顔は反則だぞ!!)
司の内心の罵倒など、竜二に届くはずもなく。
いつの間にか女性の輪を潜り抜けた竜二が、司の目の前まで近づいていた。


「どうしたんだ、ドレスは嫌だと言っていたんじゃないのか」
口調は嫌味っぽいのに、表情はこの上なく柔らかい。
「ちょ、ちょっと事情が変わったんだ! 別に、竜二のためとかじゃねーからな」
強い口調になるのは照れ隠しだ。
それがわかっているので、竜二はからかうように続けた。
「ほーう。なんだ、俺はてっきり女に囲まれた俺にヤキモチを焼いたお前が虫よけになる決意を固めてくれたのかと思ったんだが」
「ヤ、ヤキモチなんか……」
「ちがうのか?」
「うっ……」
真摯に問われると、司は弱い。
それでも意地でも本音を言わない司に竜二は音もなく近寄った。
竜二は目の前の司の手を取り、優雅な仕草で膝を突く。
「え……」
固まる司を内心で楽しみつつ、その手の甲に唇を落とした。
「……」
「……」
「……」
女性陣が息を呑むのを背中で感じる。
司は固まって動かない。
(さすがは三代目。女性たちを牽制しつつ、司坊の身体の自由まで思いのままにする見事なスキル。しかし、ちょっとやりすぎなんでは……)
渋谷だけは、冷静にその光景を観察していた。


+++++


司の登場と竜二の応対である意味騒然とした会場内は、またもとの喧騒を取り戻しつつあった。
だがもう竜二の周りに女性たちが集まることはない。
傍から見ても竜二が突然現れた赤いドレスの女性しか見ていないのがわかるのも一つの理由だが、実際には司の放つオーラに圧倒されたからだ。
ただ、プライドの高い女性たちがそれを認めるわけもなく、表面上はにこやかに談笑に花を咲かせている。
そこにはもちろん、司と朝来に喧嘩を売ったあの女性の姿もあった。
その顔には隠しきれない悔しさがある。
そこへ携帯の着信が入った。
女は上品にその場を辞すると、そそくさと会場の隅へと移動して電話にでる。
「椿さま、準備は整いました」
用件のみの簡潔な報告に、椿と呼ばれた女はにやりと笑った。
「ご苦労様。では計画通りに」
「かしこまりました」


かくして、盛大なパーティーの影で密やかに計画は進められる。





え〜、以前(といってもホントに前で、たしか2008年の8月くらい…)に、
『パーティー会場で竜二がきれいなお姐さんに口説かれているところを男装ボデイーガードの司が目撃してしまうところ。 司のビミョーな焼もちと竜二のゼツミョーなフォロー』
というリクをもらって、そのあと書き始めたんですがデータの中に埋もれていてすっかり忘れ去られていたお話です。
まだ途中までしか書けていないので先は見えませんが、一応UPしてみたり…
リクエストくださった方、お名前はわかりませんがありがとうございます。
よろしければ気長にお楽しみくださいませ。


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