華麗なる宴の影で


≪第3話≫



 竜二は一通り挨拶回りを終え、しつこくつきまとう神崎父娘からも逃れると、ふいにそわそわとし始めた。
 そんな竜二の様子に気づいた渋谷がすっと傍に寄ってくる。
「司は?」
 傍目から見ると表情の変化は皆無なのだが、付き合いの長い渋谷には竜二が不機嫌になっていることがわかる。
「それが、さっきから見当たらないんです。もしかして、ドレスを脱ぎにでも行ったんですかね」
「……何故脱ぐ必要があるんだ」
 渋谷は、不満も顕わな竜二にそっと苦笑を洩らす。
「一応その辺を探してきましょうか」
「いや、俺が行く」
 実は、神崎父娘につかまる直前に司が見たこともない優男に連れ出されていったことがずっと気になって  仕方がなかった竜二は、渋谷の返事も聞かずにつかつかと会場の外へと歩き出した。


「竜二!」
 会場の外へと出た竜二は、不意に呼びとめられて振り向いた。
「朝来? どうしたんだ」
「ええっと、バカ月を探してたんだけど、見て……ないわよね」
 竜二が一人でうろうろしているということは、司は竜二の傍にいないと確信した朝来は訊ねる前に断言した。
「あいつ、あんな姿でどこをほっつき歩いてるんだ」
「う〜ん、誰かとバルコニーに出ていくところまでは私も見たんだけど」
 朝来の言葉に、竜二がぴくりと反応する。
「そういえば、司に手を出した男はどこに行った?」
 ただ声をかけて並んで歩いただけで『手を出した』ことにされた男も、そういえば姿を見かけない。
「さあ。まさかあのバカ月が男一人にどうにかされるわけもないとは思うけど」
 まさかね、と半分冗談交じりに言っただけなのだが、どういうわけか竜二からの返事がない。
「………」
 朝来は不意に立ち止まった竜二をちらりと盗み見た。
(……っ怖い)
 無表情の双眸が静かに怒りをたぎらせている。
 どす黒いオーラが背後に見えるようだ。
 朝来が頬をひきつらせながら竜二に声をかけようとしたその時、慌てた様子の渋谷が駆けよって来た。
「三代目、今控室にこれが」
 竜二は渋谷が差し出す封筒を無言で受け取り、中から一枚の写真を取り出して一瞥した。


―――ドレスを脱ぎ捨て、下着姿で見知らぬ男の背中に腕を回す司。


 あり得ない光景を写したその写真を静かに胸にしまいこむと、竜二は淡々と口を開いた。
「……渋谷」
 地を這うような低い声に、渋谷がびくりと硬直する。
「どうやら司はすでにこの会場にはいないらしい」
 口の端では笑っているが、眼はまったく笑っていない。
 触らぬ神に祟りなし。渋谷と朝来が同時に同じことを考えて半歩引いたところに、致命的に空気を読まない者がやってきた。


「まあ、三代目。こんなところにいましたの。お探ししましたのよ」
 嫣然と微笑みながら、神崎椿は当然のように竜二の横に並び立った。
 傍にいる朝来や渋谷は視界にも入らないらしい。
(この竜二を前にしてもまだ己を売り込むなんて。なんてはた迷惑な女かしら)
(……ある意味最強の鈍感さですね)
 朝来と渋谷が念話のような感想を内心で述べている間も、椿はとうとうと話し続けている。
「そういえば、三代目。あの赤いドレスの女性はどこへ行きましたの? せっかく三代目自らエスコート  なさったのに、傍を離れるなんて。三代目の御顔に泥を塗る気かしら」
 竜二が異論を挟まぬのを良いことに、椿は非難するように続ける。
「これだから、何も分かっていない者は困りますわね。ねえ三代目、あなたに相手にされないからと  いって他の男とどこかへ行くような娘のことなんて放っておいて、今宵は私と一緒に……」
 楽しみましょう? という椿の言葉は竜二によって途切れさせられた。
「ほう……」
 白けたように聞き流していた竜二が、ここで初めて相槌を返したことに対する反応は面白いように分かれた。
 やっと自分の話に返事をくれたと喜色を顕わにする椿に対し、朝来と渋谷ははっきりと身の危険を感じて一歩退いた。


「どうやらあんたはあれのことをよく知っているようだな」
 まっすぐに椿を射ぬく視線は、獲物を見つけた肉食獣そのものだ。
 鈍い女もやっと様子がおかしいことに気がついたらしい。
「さ、三代目?」
 おそるおそる、竜二の様子をうかがう。
 が、竜二は獰猛に笑って女を壁際へと追い詰めた。
「あれが、他の男とパーティーを後にしたと?」
「え、ええ。だって、会場内にはいないのでしょう?」
「まあな。――で」
 口角だけ持ち上げた、絶対零度の微笑のままで、竜二は決定的な言葉を口にした。


「どうして、あんたがそれを知っているんだ?」





さて、どうなる鈍感女!? どうなるりうぢ!?


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