華麗なる宴の影で


≪第4話≫



「どうやらあんたには話を聞かなきゃならないらしい」


 口元に薄く笑みを浮かべているのに、眼はこれっぽっちも笑っていない。
 ようやく自分が何か失態を犯したのだと悟った椿は、竜二の眼光に射すくめられながらもこの場を凌ぐ言葉を探していた。
 そこへ。
「おや、三代目。そそくさと私との会話を切り上げたと思えば、こんなところで娘と逢引ですかな」
 場違いに明るい声で茶化すように神崎・父が割り込んだ。
 空気を読まないのは遺伝なのか、と朝来と渋谷は同時に思う。


 竜二はちらりと視線を椿からその父親へと流すと、何を思ったのかずいっとその身体を父親へと寄せた。
 中肉中背の神崎・父にとっては、長身の竜二は見上げるほどの大きさだ。
 先ほどまではそれなりに和やかな雰囲気で談笑していたはずの青年が、今は威嚇の雰囲気を隠そうともせずに迫ってきている。
 さすがに後ずさるようなことはしなかったが、一瞬息をつめたのも事実だった。
「ど、どうかされましたか、三代目」
 額に一筋の汗をたらしながら上目遣いに(これは身長差故仕方がないが)問われた竜二は、声を荒げたりしなかった。
「俺の連れをそこの女がどこかへやったらしい」
 顎だけで椿を指し示す。
 非常に落ちついた低い声だが、氷山から吹き荒ぶ寒風のごとき冷たさである。
 神崎・父はだらだらと汗を流しながら、竜二と娘を何度か視線で往復した。
 この期に及んで、椿はなおも何かしら言い訳を考えている風であったが、さすがに父親の判断は早かった。
 竜二の言葉と普段の椿の行動を照らし合わせて一つの結論に結び付ける。
 そして、娘に事情を問い詰めるよりも先に竜二に頭を下げたのである。
「申し訳ありません、三代目。すぐにでもお連れさまの行方をお探しいたします故、この場はどうか私の顔に免じてお許しください」


 竜二は無言だ。
 ただ神崎・父の次の行動を待っていた。
「椿。お前もすぐに謝罪しなさい。そして三代目のお連れさまのところへすぐにご案内するように」
 父親の厳しい口調に、椿ははっと頭を上げた。
 目が合った父の顔は、いつも娘に向ける優しいものではなかった。
 眉間に深い皺を刻み、断罪するかのように厳しい視線を真っ直ぐに向けている。
 まさか父親が自分を問い詰めるとは想像だにしていなかった椿は、悔しげにぐっと唇を噛んでか細い声で応えた。
「申し、訳、ありませんでした」
「謝罪はいい。司をどこへやった」
「…………わかりません」
 竜二の眉がぴくりと上がったのを見て、ここですかさず渋谷が割り込んだ。
「どういうことです? 謝罪をしたということは、三代目の連れの方をどこかへやったことをお認めになるんでしょう。 なのに、連れ出した先を知らないとおっしゃる?」
 このシリアスな場面で、思わず『司坊』と呼んでしまいそうになるのを必死でこらえた渋谷である。


「わ、わたくしはただ、ある男にあの女の気を引けと言っただけですわ。そ、それに、あの女は自分の足で男について行ったではありませんか。それならば……」
 強制ではなく自己責任だ、と叫び出しそうな椿を遮ったのは、絶対零度の声だ。
「その男の名は」
「…………」
「言いたくないのか、それとも知らないのか」
「…………」
 目の端に涙をためて、椿は無言を貫く。
 こんな風に犯罪者のように攻め立てられることも、思い通りにならない事態も、何もかもが椿を頑なにさせていた。
 どうして私がこれほどまでに問い詰められるのか、悪いのはあの女の方ではないか、そんな風に考えているだろうことが手に取るように分かる。
 そんな女をとことん蔑むように見下ろした竜二は、静かにため息を吐いた。
 完全に目の前の父娘に見切りをつけた瞬間だった。
「時間の無駄だな。行くぞ、渋谷」
 言うなり踵を返した竜二に驚いたのは椿の父親だ。
 まさか、こんな些細なこと(とこの父親は思っている)で九竜組との取引がつぶれるのか、と冷や汗が止まらない。
「お、お待ちください、三代目! 娘からは私から事情を聞きだしますのでどうかもうしばらくお待ちを」
「好きにしろ。だがこれ以上は待てない」
 竜二は振り返りもせずにそのまま会場を後にした。


 青くなって立ち尽くす椿の父親に、それまで我関せずに徹していた朝来が近付いた。
「娘を甘やかすのも大概にしたほうが身のためよ。世間知らずのお嬢様が、聖妻を軽々しく口にするのも止したほうがいいと思うわ」
 多少の同情から忠告めいたことを口にして、朝来も遅れて竜二の後を追ったのだった。
 





 to be continued!


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