華麗なる宴の影で
≪第5話≫
唐突に意識を取り戻した司がまず目にしたのは、白くて高い天井だった。
なんだかゴテゴテした彫刻が施されたそれを見て、『ここはどこだ』とまず思う。
身体を動かそうとすると、頭上でじゃらりという金属音がした。どうやらベッドの淵に手錠で手首を拘束されているらしい。
両手以外は自由に動かせる。司は少し頭を持ち上げて周囲を見渡した。
「……どうして俺は服を着ていないんだ」
ここがどこかはまったくわからないが、高級ホテルのスイートルームのような豪奢な部屋だということだけはわかる。
わからないのはなぜ自分が下着姿なのか、だ。
麻酔針を使ったあの男が脱がせたのか。だとしても暴行されたような形跡はない。
(とりあえず、竜二に見つかる前にこの格好をどうにかしないと危険な気がする)
誰が危険って、あの麻酔男が、である。
うぬぼれではなく、恐らく自分がこんな格好をさせられたと知った竜二は世にも恐ろしい報復に打って出るに違いないという確信が司にはあった。
(……うん。早々に脱出しよう)
竜二の報復を想像して身震いした司は、至って呑気に逃亡の算段を考え始めていた。
とりあえず、力任せに引きちぎれないかと盛大に暴れてみる。
が、どうやらベッドも金属で出来ているようで、金属同士のぶつかる音が空しく響いて終わった。
「だぁー、ちくしょう。バッグウァームさえあればなぁ」
「おやおや、聞きしに勝る山猿ぶりだね」
独り言に返事を返して来たのは、やはりあの麻酔男であった。
いつの間にかドアを開け放ち、色素の薄い髪をかきあげながら無造作にベッドに近づいてくる。ベッドのすぐそばまで来ると司を見下ろすようにして立った。
パーティーではきっちりと着こなしていたジャケットを脱ぎ捨て、胸元まで乱雑にはだけたシャツが退廃的な雰囲気を醸し出していた。
一見すると優男風の容貌をしているが、その目を間近に見た司はわずかに背筋が寒くなるのを感じるほど無機質で酷薄と言っていい色を湛えた双眸がすっと細められる。
「さて、これからお前をどうするかは指示がないんだが……」
そこで言葉を切って、横たわる司の身体を頭からつま先まで視線で往復した。
その視線に悪寒を感じた司が身震いする。
「ガキをどうこうする趣味はないが、どうやらお前は楽しませてくれそうだな?」
そう言いながら微笑のようなものを見せた男に、すかさず司が言い募った。
「た、楽しませるもなにも、こんな状態じゃあ何もできないぜ?」
「できるだろう? 俺が」
「ななな、何を言っているんだね、君は!」
酷薄な瞳を細めてクスリと笑う男は動揺する司の頬に右手を添えた。
思わず固まってしまった司があっと思う間もなく、首筋に顔を埋められる。
そして―――。
「痛ってーーー! 何すんだ、この変態野郎!!」
首筋に歯を立てられた司は、渾身の力を込めて男に頭突きをお見舞いした。
予想外の反撃をもろに受けてしまった男は、しばらく目を見開いて司を凝視していたが、また不意に司の首筋に顔を埋めたかと思うと今度はなんと肩を揺らして盛大に笑い始めたのだ。
「この野郎、笑ってないで早くどけ!」
司が毛を逆立てた猫のように威嚇するが、男は意に介した様子もなく笑い続けている。
実は、男が笑うたびにその鼻や口そして吐息が首筋から鎖骨を刺激して司も身をよじるほどくすぐったいのだが、ここで笑ったら負けである。
必死の形相で男を身体の上からどかそうと暴れるが、見かけによらず力のある男は易々と司をベッドに縫いとめた。
「こんな場所でこんな格好をしているのに、何とも色気のないことだ」
「そんなもん、必要ないだろ。ええい、いつまで上に乗ってる気だ!」
「仕方がないな」
ふーっと、まるで司が聞き分けのない子であるかのようなため息を吐かれて、思わず二発目の頭突きをかまそうとしたその時。
カチャリという音と共に、両手を拘束していた手錠がするりと外れた。
「…………はずれたぞ」
「はずしたからね」
「お前、一体何がしたいんだ?」
手首をさすりながら身を起こして心底理解不能の顔をした司に、男はにっこりと笑った。
「まあ、そろそろだと思ったからね。ちょっと誤解を生んでおこうかと思ったわけだよ」
「はあ?」
――変態野郎の言うことは理解できん。
そう結論付けた司が、さっさと逃亡しようと立ちあがったその時。
「そういえば、こんな写真を撮ってみたんだが」
そい言って司の目の前にひらひらと翳したのは、男と司が絡み合っている(ように見える)写真であった。
「な――にを、撮ってやがるテメー!」
叫びながら疾風のごとき早さで奪い取ろうとするが、男はひらりとそれをかわす。
「ふふん、上手く撮れているだろう」
「ええい、やかましい。とっととそれをよこせ」
「俺から奪い取れたらね」
そこからはベッドの上での熾烈な争奪戦となった。
動きの速さにかけては化け物級の司だが、対する男も負けてはいなかった。
電光石火の司の攻撃をひらりひらりと避ける。
が、狭いベッドの上での攻防はそう長くは続かなかった。
司がつきだした右腕を避けた拍子に、男が背中からベッドに倒れた。
その機を見逃さず、司は男に飛びかかった。抵抗する男をマウントポジションで追い詰め、手の中にある写真を奪い取ろうとして掴みかかったまさにその瞬間――。
「司!」
部屋に飛び込んできたのは、額に大粒の汗を浮かべた竜二その人であった。
司坊、違う意味で危機的状況です。
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