華麗なる宴の影で


≪第6話≫



「りゅ、竜二ぃ!?」
「司、お前、大丈夫……か?」

 想像以上に早い再会を驚きと感動でもって迎えた司に対し、竜二は不自然に言葉を切ってぴたりと動きを止めた。
 目の前には、下着姿のまま見知らぬ(だが見た目は良い)男の上に馬乗りになっている司が口をぽかんとあけてこちらを見つめている。
 その逆は想像していても、ベッドの上でまさか司から男に襲いかかっているとはさすがの竜二も予想の範囲外であった。
「竜二、助けに来てくれたのか?」
 無防備に笑いかけてくる司に、無性に怒りが湧いてきた。
「…………」
「り、りうぢくん? どしたのかな?」
 無言のままの竜二からは、今や氷点下の視線が注がれている。
 その迫力に負けて思わず固まった司の体の下から、笑いを含んだ声が上がった。
「これはこれは、想像以上に早いですね。せっかくの『お楽しみ』がこれじゃあ台無しだ。ねえ、紅月司さん」
 言いながら、男は右手を伸ばしてするりと司の頬をなぞった。
 司の背筋に怖気が奔る。
「ええい、俺はちっとも楽しくないわ! 写真はもらうぞ」
 言うが早いか、男の手から件の写真を奪い取って一瞬で破り捨ててほっとしたのも束の間。

「ずいぶんと楽しそうだな」
 おどろおどろしい地獄から這い出てきたようなそれは低い声が、司を再び硬直させた。
「いつまで、その格好でいる気だ?」
 司も、司に組み敷かれている男も動いていないから、傍目から見るとまるで恋人同士がじゃれあっているようにも見える。
 そろそろ堪忍袋の緒が切れかけている竜二は、音もなく二人に近寄ると問答無用で司を男からべりっと引き剥がした。
 そのまま抱きかかえて部屋を出ていこうとする。
 その様子をこれまでだまって見ていた男がクスクスと笑いながら引きとめた。
「さすがは九竜組の三代目。どうしてこの場所が分かったのです?」
 潜伏場所に突入してこられたにも関わらず男は優雅に脚を組んでベッドの脇に座った。竜二を正面から見据えながら、余裕の表情で問う。
 竜二は無言で男を睨みつけた。
「九竜組の情報網を甘く見てもらっては困る。まあ、まさか当のホテル・ユニオンの最上階だったとは恐れ入るが」
 司が誘拐されたのはパーティー会場だが、その軟禁先もなんと同じ建物だったのである。
「お前は一体何が目的であの女の依頼を受けた?」
「おっと、それは尋問かな?」
「――まあ、いい。理由が何であろうと、俺はこれに手を出す男を許さないことにしているんだ」
 『これ』が指すのはもちろん司のことである。
「怖い、怖い。それなら逃げるが勝ちだね。――そうそう、その大事な彼女、首筋が随分と弱いみたいだね?」
 竜二の瞳が限界まで見開いたのを確認した男は溜飲を下げたように喉の奥で笑った。そして自然な動作で懐に手を入れたかと思うと、何かを床に打ちつける。それが破裂すると同時に目を焼くのは眩い閃光。そして視界を埋め尽くす白い煙幕。
「クソッ! 渋谷! 奴を追え!!」
 部屋の外で待機していたらしい渋谷以下組員数名が、部屋の中と外に散開して男を捕えるために動き出したのを確認し、ことここに至って、竜二は初めて両腕から力を抜いた。


「ぷっはーーーーーっ! お、お前、俺を殺す気か!!」
 実は竜二に抱きかかえられている間中、ずっと肩口に頭を押さえこまれていた司はしゃべることはもちろん息をすることすら難儀するような状態であった。
 大きく息を吸いながら、条件反射のように竜二の頭を拳で殴る。
 が、殴られた竜二は意に介した様子もなく、それどころか挑むようにぐいっと顔を近づけた。
「な、何だよ……」
 こういうときの竜二には逆らわない方がいいと経験により学習済みの司である。
「お前、俺との誓いを何度破れば気が済むんだ」
 低い低〜い声である。
「おまっ、俺は一度も誓いを破ってないだろうが!」
「簡単にマーキングされやがって」
「? 何の話だ」
 意味の分かっていない司の首筋には、赤い歯型と鬱血の痕。
 忌々しそうにそれを睨みつけた竜二は、それが司の意思とは関係ないことだと知りながらも己の感情をもてあましていた。
「いつもいつも簡単にマーキングされやがって」
 司の首筋をなでて拗ねたようにぷいっとそっぽを向く竜二に、司はさすがに言っていることを悟った。
 あの変態男に噛みつかれたことを竜二は怒っているのだろう。権佐衛門のとき以来の失態である。
「いや、でも今回は不可抗力だろう? 俺、ついさっきまで意識失ってたんだぜ?」
 おそるおそる言い訳をしてみるが、無駄である。
「お前は俺のボディガードのくせに意識を失う失態を犯しただけでなく、意識を取り戻してからはこんな姿であの男を組み敷いてたのか」
「い、いやらしい言い方をするんじゃねえ! あれはあいつが妙な写真を撮ってたからそれを奪おうとしてだな……」
「――それはもしやこれのことか?」
 竜二が懐から出したのは、まさしく司が破り捨てた写真であった。
 司の口があんぐりと開く。
「な、どうしてそれを」
「ああ、忌々しいがあの男が送りつけてきた」
「あの変態野郎! 一発殴ってやればよかったぜ」
 ぷんすか怒る司を見て、竜二は密か安堵のため息を吐く。

 無意識に両腕に力を込めていた。
「竜二?」
 無邪気に聞いてくる司にほっとしたような、苛立つような相反する感情が湧きあがる。
「……お前は」
「うん」
「俺のボディーガードだろう」
「そうだな」
「だが俺は、お前が危険だと思ったら頭で考えるより前にお前をかっさらう」
 額が触れ合うような至近距離で、真っ直ぐに視線を合わせてくる竜二。そこに嘘は一片もないと示すように。
「う…あ……うん」
 司の顔は真っ赤である。
「だから、俺を守りたいというならお前はお前自身のことも守れ」
「……竜二」

「頼むから、心配をかけるな」

 そう言うと、竜二は目を閉じてこつんと額を合わせた。
 まぎれもない竜二の本心を聞いて、さすがの司もちょっぴり反省する。
「竜二、心配かけてごめんな」


 ―――というようなイチャコラをスイートルームに続く通路でやっていたものだから、男を逃してしまったという報告を持って来た組員一同が柱の影からしばらく出られなかったというのはもうお約束である。
       





うん、まとまらない(笑)
司を攫った男のことで掘り下げようとしたら終わる気がしなかったから早々に退場していただきました…
とにかく完結を目指そう、うん。



▼最終話へ