無謀な誘拐


≪第1話≫



関西最大の暴力団組織・牙流会を発端に始まった麻薬事件と、国際メガフロート空港崩壊事件から約三ヶ月。

民間人も巻き込んだ凄絶な事件の衝撃も日々の喧騒の中に埋もれてしまったのか、ここ東京では人々の無関心も犯罪の数も相変わらずの日常を刻んでいた。
そして今、まだまだ残暑厳しいこの都会の雑踏をぬうように、一人の少年――否、男装の少女が軽快な足取りで歩いている。


――9月6日。
2日後に迫ったこの日のために、司はうきうきと街へ繰り出していた。
普段なら放課後は竜二と一緒に帰ることの多い司だったが、 今回だけは、用があると言ってもついてこようとする竜二を半ば力業で納得させて別行動をとっているのである。
目的はひとつ――竜二の誕生日プレゼントを買うためである。

去る6月16日、なんと竜二は司の誕生日にこっそりプレゼントを用意していてくれたのだ(その努力もむなしく紅月兄弟たちに先を越されたというオチつきではあったが)。
あの竜二が他人の誕生日を祝うという初の経験をしたのだ。

(ならばその逆も経験させてやるのが人情ってもんだろう!)
と、鼻息も荒く(?)司は居並ぶ店の一つに飛び込んだ。


「う〜〜〜〜〜〜むむむ……」
かれこれ7件目となる店から出てきた司は腕を組んだまま唸っていた。
竜二へのプレゼントとはいっても、司は実は何を買うかまでは決めていなかった。
竜二を驚かせることが目標なので、本人に欲しいものを聞くわけにもいかない。

そいうわけで、司はとりあえず片っ端から様々な店を見て回ったのだが、どうもこれといったものが見つからない。
たまにいいなと思ったものは、例外なく司の懐事情をまったく斟酌しない代物ばかりという始末だった。
なにせ一億とんで五百万円という眼を剥くような借金を背負っている身である。
細々とへそくりを貯めたところで、たかが知れているというものだ。

「はあぁ〜どっかに金目のモン落ちてねーかなぁ」
などと思わず非現実なことを夢想してしまうのも無理はない。
はじめに比べるとすっかり軽さを失っていた司の足は、何気なく目にしたある店の前で動きを止めた。

その時である。
「紅月司だな?」
ひと目見ただけで、堅気でないとわかる人相の悪い男たちが司を取り囲んだ。
その数5人。皆暗い色合いのスーツにサングラスという出で立ちだ。体格もいい。
見るからに荒事専門という雰囲気だったが、かつて人型兵器と呼べるようなモノたちと死闘を繰り広げてきた司はまったく動じなかった。
むしろプレゼント選びに難航している今日このときに限って、降って湧いたように目の前に揉め事が現れたのだ。
内心は不機嫌オーラが全開だったが、そこは平和主義者で無用な争いを好まない司だ。剣呑な雰囲気など微塵も表に出さない。
そんな司を侮るように、正面に立った男は歪んだ笑みをその口に刻んでいた。

まずは司が問いかける。
「お兄さんたち、何か用?」
口調は至って友好的で、見た目も中性的な顔をしたただの小柄な中学生だ。
取り囲む男たちも司の実力を情報としては聞いているのだろうが、如何せん経験として知っているわけではない。

こんな小僧(いや、小娘が正しいが)に何ができる、という声が聞こえてきそうな顔で、正面の男が尊大に口を開いた。
「黙ってついてきてもらおう。でなければ、お前の大事な兄弟たちがどうなるか……わかるな?」
そう言って胸ポケットから取り出した携帯の画面を司に向ける。
そこには、学校帰りの託兄と季と昭が笑いながら歩く姿があった。
携帯はライブ画像を流している。つまり、今現在託兄たち三人はターゲットとして狙われていることになる。
「――っ託兄!李!昭!」
思わず叫んで身を乗り出した司に対し、男はますます偉そうな態度で忠告した。

「おっと! 言っておくがこいつらの命運は俺たちが握っていることを忘れるなよ」
「……わかった」
司は男たちをぎろりと睨み、呻くような声で返事をした。


――その日、司は九竜組の屋敷にも紅月兄弟たちのマンションにも戻らなかった。




司くん、意外とあっさり誘拐されちゃいました…


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