無謀な誘拐


≪第2話≫



「このガキが、九竜組三代目のボディガード?」
 嘲りを隠そうともせず、突然現れた男が呟いた。

 司は5人の男たちに身柄を拘束されただけでなく、なにか薬まで嗅がされてしばらく意識を失っていたから、どこに連れて来られたのかはわからない。
 目を覚ましたときには、いつのまにか全身を柱に固定されており、オールバックで熊のような見かけのむさ苦しいおっさんが目の前でふんぞり返っていたのである。
 司ならずとも、思わず顔をしかめてしまうというものだ。

「あのメガフロート事件の後、今や名実ともに日本の極道会の頂点となった九竜組の三代目を護衛するんが、こんなチンケなガキ一人かいな。 やっぱり噂は当てにならへんわ」
 葉巻に火をつけながら、好き勝手にそう述べた男は、無言で睨む司を舐めるように眺めた。

 なにやら妙な悪寒を覚えた司は、その感覚を振り払うように男に食って掛かる。
「おっさん、誰だよ? 俺に何の用だ?」
 この言葉遣いに、男は眼を丸くしながらさも愉快そうに笑ったものだ。
「こいつはええわい。女のくせにずいぶんと勇ましいのう。しかし九竜組でどんだけちやほやされたんかは知らんが、礼儀をわきまえん奴は長生きできへんで?   まあ、おまえは九竜組に対する人質やから命まではとらんといたるけどな。おとなしゅうさせる手段なんぞいくらでもあるさかい……」
 そういって、またあの好色な目線を投げかけてくる。

(えーと……つまりこいつらは俺を餌にして竜二を釣ろうと考えてるわけだよな……?)
 口調や態度、それに周りの連中から、この男たちがどうやら関西の極道らしきことはわかった。
 が、あまりの短絡的思考に怯えるどころか思わず脱力しそうになった司だった。

(……こいつら、馬鹿なのか……?)
 なにせ化け物級の戦闘能力(実際に化け物を倒しているから正しい評価だ)と元風紀委員という経歴をもつ司を捕まえて、「勇ましい」だの「ちやほや」だの「礼儀をわきまえない」などとのたまうくらいだ。
 しかも明らかに九竜組を侮っている。
(この分じゃあ、竜二のこともあんまり知らないんじゃないのか……?)
 人質ということは九竜組に何か要求を突きつけるということだ。
 普段、司に接する竜二は年相応に見えることが多いので忘れがちだが、彼は泣く子も黙る九竜組三代目組長である。
 敵と見定めた相手には容赦しないその冷酷さと感情をどこかに忘れてきたかのような鋼顔のせいで、恐ろしい噂が両手に余るほどついてまわっているくらいだ。
 竜二の恐ろしさを知らずによくもまあそんな無謀なことをするもんだ、と捕らわれの身であることも忘れて司は呆れ果てていた。



 一方、黙り込んだ司を怯えたと勘違いした熊男(命名:司)は、下卑た笑いを一層深めて司に歩み寄った。
「怯えた顔もまたそそるのう。どや、九竜組なんぞ辞めてわしのもとに来んか?」
 ざらついた指で頬を撫でられた司は総毛立ち、噛み付くような勢いで拒絶した。
「やめろ! 触るな! お前のところになんか誰が行くか!!」
 じたばたと拘束具の中でもがく。
 その様子すらも熊男にはそそるらしく、ねっとりと舐め回すような視線は変わらない。
「まぁええわ。今はちと忙しいからこのくらいにして後で、な。しっかり見張っとけよ!」
 意味深な台詞を残し、最後は見張りの下足番らしき男に声を掛けて、熊男は部屋を後にした。


 やっと悪寒から解放された司は、ここで初めて自分の置かれた状況を整理し始めた。
 見渡すと、十畳ほどの広さの部屋に拘束された自分と見張りが一人。さきほど熊男が出て行くときには部屋の外には誰もいなかったような気がする。
 だいぶ舐められているようだとわかると、司はニンマリと笑った。

 そして、見張りの男に声を掛けたかと思うと、竜二の前では絶対に作らないようなしなを作って艶然と微笑んだのである。
「お兄さぁん……この拘束具、胸が苦しいの……お願い、ちょっとでいいからゆるめてぇ」
 潤んだ瞳と小首をかしげた絶妙の上目遣いである。
 見張りの男はゴクリと喉を鳴らした。
(あと一息!)
 司は心の中で叫んで、とどめとばかりに身体をよじって胸の谷間を強調した。

 げに悲しきは男の性。
「ちょ、ちょっとゆるめるだけだぞ……」

  だらしなく鼻の下を伸ばして司に近づき、拘束具に鍵を差込みその力を緩めようとしたその時、正確無比かつ威力莫大な蹴りが男の顎を直撃した。
「お兄さん、もうちょっと他人を疑ったほうがいいと思うよ……?」
 見え見えの誘いだったにも関わらず、想像以上に簡単に自由の身となった司は、昏倒した男に場違いな忠告をしたあと、あらためて部屋の中を見渡し、『それ』を見つけてさらに深いため息を吐いた。
(なんだかだんだん、あいつらが憐れに思えてきたぞ……)
 司を手に入れたことで意気揚々と九竜組に無謀な喧嘩をしかけている熊男を想像し、再び脱力しかけた身体を無理矢理立たせ、司は素早く行動を開始した。


(――こうなったら、一刻も早く事を終わらせてしまおう。でないと竜二を驚かすというこの俺の素敵な計画も駄目になってしまうではないか!)


 突然の誘拐事件のせいで忘れかけていた今日の目的を思い出し、司は俄然闘志を燃やした。
 司の頭に、もはや兄弟の安否を気遣う気持ちはなかった。
 はっきりいって、こんな間抜けな組織の人間に、そんな器用な真似ができるとは到底思えなかったからだ。



  そしてこの後、関西暴力団組織・黒耀会の関東支部を一陣の風が席巻する――。




りうぢの出番がまだ来ない……


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