無謀な誘拐


≪第3話≫



 その男は、今日拘束した人質の見張り役を交代するために廊下を歩いていた。
(まったく、関東の連中は何だってあんな小娘を怖がっているんだか……。極道が聞いて呆れるぜ)
 彼もまた、一応メガフロートでの司のことを人伝には耳にしている。
 しかし、どう見ても普通の、しかもどちらかというと小柄な司をつかまえて、「何度血に塗れても幾度も立ち上がり」、 「剣ひとつで化け物と渡り合う」、その姿は「闘神のごとき奇跡」だという知人の言は与太話の類に違いないと考えていた。
 だから、今回の見張り役も至って気楽に引き受け、今は関東支部内であるということも手伝い緊張感の欠片もなく持ち場へと足を運んでいたのである。

 しかし彼は、このときこの瞬間に見張りの交代要員となった己の不運を数瞬後に悟ることになる――。


「――なっ! 貴様、どうして……!!」
 叫ぶ声は疾風に呑まれ、そして消えた。
「危なかったぜ……。こんなところで叫ばれたら抜け出すのに時間がかかるじゃねえか」
 司は交代要員らしき男を一撃で倒し、ふう、とひとつ息を吐く。
 その手にはしっかりとバッグウァームが握られていた。

 この建物の所有者らしき関西の間抜けなどこぞのヤクザは、司という猛獣の胴体を拘束しただけで満足し、見張りはたったの一人、しかもご丁寧に  武器まで身近に置いておいてくれるという親切さだった。
 ボスらしき熊男がなにやら威張り散らしていたが、実力を伴わないその行為がなにやら気の毒になった司は、組織を壊滅させてやろうとか熊男を捕らえてやろうとは考えていない。
(とりあえず、俺が逃げてしまえば竜二にも迷惑はかからないよな。あとはポリスにでも通報すればいっか)
 あんまり大立ち回りをやっても時間がかかるだけである。
 そして司には竜二のプレゼントを買うという目下の最優先事項があったのだ。
 自由の身となった司は、スキップでもしそうなほど軽い気持ちで出口を探した。


 少し年のいったその男は、煙草を買うため部屋の外に出たため、不幸にも意識を飛ばすはめになった。
「ダメじゃないか、いきなり出てきたら。びっくりして思わず足が出ちゃうだろう?」
 反射神経の塊のような司がのんびりと言い諭した。
 むろん、男にその有り難い言葉は届いていない。


 下っ端らしき三人組の男たちは、談笑しながら歩いているだけだった。
 しかし彼らの本日最大の不運は、走って角を曲がってきた司と正面から鉢合わせてしまったことだろう。
「あっ!」
「おまっ!」
「何して…!」
 三者三様の叫びもむなしく、流れるような回し蹴りのコンビネーションの餌食となって彼らは倒れた。  その顔からは無念の叫びが聞こえるようである。
「だからっ、いきなり出てきたらびっくりするっての」
 相変わらず呑気な、そして率直な感想を残し、司は先を急いだ。


 そうして、司の通る先に運悪く居合わせた組員たちは一人の例外もなく司の反射神経の餌食となり、死屍累々たる惨状をさらすはめになったのである。
 そして――。

 バタン!

「ありゃ!?」
「ん? な、なんでお前がここにおるんじゃーー!」
 景気良く開けた扉の向こうには、なぜかあの熊男が座っていた。

 そこは通信室だった。さまざまな機械や机、椅子などが散在していたが、中央には大きな外部通信画面が鎮座している。
 熊男の狼狽をよそに、通信機から聞きなれた声が聞こえてくる。
「……お前、そんなところで一体何をやっているんだ……」
 鋭い目と整った顔立ちをしているが、疲れのせいで肌が荒れ、最近は常時目元にクマを作っているその人物は、先ほどまでの話し相手とは違う、突然の闖入者に向かって呆れたように言ったのである。

「竜二!?」
「まったく、今日言っていた用事ってのは、黒耀会にとっ捕まることだったのか?」
「黒耀会…? ああ、このおっさんたちの組の名前か。別に俺だって好きでこんな所にいるんじゃないぞ!  なんか託兄たちを危険な目に遭わせるとかぬかしやがったから仕方なくついてきたまでだからな!」
「ほう、どこまでも見下げ果てたヤクザだな」
「同感だ」
「しかも言うに事欠いて、なにやらお前が捕まって心細い思いをしているとか、ひどい目に遭わされたくなければ言うことを聞けとかぬかしてきたぞ。そこのおっさんが」
「心細い!? ひどい目に遭うのって、俺のことか??」
「そう言っていたぞ」

 驚愕に固まった熊男を無視して、二人は呑気に会話を続ける。
「で、助けた方がいいのか?」
 竜二が淡々と問いかけた。もちろん熊男にではない。
「あー、こいつらポリスに預けちゃってもいいんだろ?」
「まぁ、うちとしては別にそんな雑魚どもがどこにいこうが関係はないな」
「じゃあ、大丈夫だ」
「わかった。…………お前、あんまり心配させるなよ」
 最後に一言、司を気遣う言葉を投げかけ、竜二はそれきり通信を切った。
 なんだかんだ言いながらも、しっかり心配してくれている竜二に、司はむずがゆくなりながら、とりあえず目の前の厄介事を片付けようと熊男に視線を戻した。

 すぅーっと目を細め、全身から戦闘オーラを立ち上らせつつ司は一歩前に出る。
「ひぃッ!」
 背後に死神まで従えていそうなほどの闘気を纏った司に対し、熊男が情けない悲鳴を上げた。
 一閃。
 いつ取り出したのか、気づいたときにはその手に握られていたバッグウァームが鋭い軌跡を残す。
「うわぁぁ!!」
 真っ二つに切られたのではないかと思えるほどの無慈悲な一撃は、しかし、熊男の予想を違えてその頭髪を根こそぎ奪っただけであった。
 文字通り、「根こそぎ」である。

「おっさん、隠し事はよくないぜ?」
 カツラを飛ばされ、見事に禿げ上がった頭を晒した熊男はそのまま目を剥いて気絶した。

「貴様ー!」
 背後で、いつの間にやら駆けつけてきた幹部らしき男が司に狙いを定めて銃を抜いた。  引き金に手をかけ、指に力を入れるが――。
「遅い」
 その時には司が鼻先数センチにまで距離を詰め、眼にも止まらぬ早業でチェーンを操り首を絞めて男を落としていた。
 ちらりと回りに視線を投げる。
「ええい! 次から次へと仕事を増やしやがって!」
 そう言いながら、先ほどの幹部同様に援護に駆けつけた他の男たちも締め上げ、ついでに残りの組員たちを縛り上げたりと実に活動的に動いているうちに、  いつの間にか黒耀会の関東支部内で立っているのは司だけになっていた。

 一仕事終えてやっと警察に連絡した司は、時計を見てすでに目的の店が閉まっていることに気づき、がっくりと肩を落として家路についたのだった。



 一方、通報を受け駆けつけた警察は、組員たちが皆一様に意識を失うか縛られるかしていたために、大した労力を使う必要はなかったことにしきりと首を傾げていたという。  しかも建物内から大量の銃や麻薬、果ては人身売買のための女性や子どもまでが発見され、  これにより関西の本部にも警察の手がまわったおかげで黒耀会は一晩で壊滅する事態にまで発展した。
 そしてなんとか何を逃れた黒耀会の元組員の証言により、事件の裏に、メガフロート崩壊でもはや伝説と化した九竜組の「ドゥルガー」の存在があったことは、裏の世界では公然の秘密となった。


 そんなことなど知らない司は、翌日、今日こそはと意気込んで昨日足を止めた店の中へと入って行った。
 竜二の誕生日は明日に迫っている――。



テーマは司くんを暴れさせよう!でした。が、少々敵が間抜け過ぎましたね……
もっと大立ち回りをさせたかったのに。
竜二の出番も全然なかった……
実力不足は如何ともしがたいデス。


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