その瞬間は突然に


≪第4話≫



――まいったな……

 宗像は胸中で呟いた。
 別に妙な突然現れた女に対する心情ではない。
 まあ身体の凹凸だけは見事なものだが、未だに名前も思い出せないような相手だ。
 朝来を人質に取られてはいるが、そんなものはどうにでもなると思っている。
 それよりも、宗像をして嘆息せしめたものはその人質の少女の視線だった。
 大きな双眸が発する、まるで弱さを感じさせないその光は、弱冠十五歳のしかも銃を突きつけられた少女のものとも思えない。
 こちらを挑発するかのような強く揺るぎない視線にいつのまにか捕らわれる。
 何より宗像が眼を見張ったのは、射るような鋭さの中に確かな信頼の色を認めたからだった。
 その眼が、その表情が、いっそ傲慢なまでに自信と確信に満ち溢れている。


『守ってくれるんでしょう?』


 そんな言葉がありありと聞こえるようだ。
 間違いなく助け出してくれるということを、信じているというより確かな事実として「知っている」、そんな感じだ。


――さて、どうしてくれようか。


 どうやら自分は思ったよりも頼りにされているらしい。
 その事実にふっと頬が緩むのがわかる。
 何せあの娘は、守らせろと言って素直に守らせてくれるような可愛げのある性格ではないのだ。


『あんたは私が守るんだから!』


 以前メガフロートで言われた言葉を頭の中で反芻する。
 女を守るのが生きがいであると自覚する宗像に、そんな言葉を吐いた女は他にない。
 きっとその言葉は今でも十分生きている。そんな簡単に前言を翻すほどあいつは自分に甘くない。
 だが――。


「……ずいぶんと余裕じゃないの。何がそんなに可笑しいのかしら……?」
 思わず喉の奥で笑った宗像に、高く冷たい声が突き刺さった。
 見ると女は胡乱な眼をこちらに向けている。
「いやいや、こっちの話だ。気にするな」
 宗像は今の今までその存在を忘れかけていたことなど億尾にも出さず女に応じた。
 そう。とりあえず今は目の前の状況を何とかすることが先決だ。
 せっかく、最愛の少女に絶対の信頼を寄せてもらっているのだ。
 それだけ心を預けてくれているのだと考えただけで笑いが止まらない。
 決して人に慣れないはずの野生動物からふいに擦り寄られたような、そんな驚きとちょっとしたくすぐったさを味わった気分だ。
 まあそんな例えをすれば怒号と張り手が飛んでくるのは間違いないが。


 不敵な笑みを湛えたまま宗像は半眼になって状況を把握した。
 場所は射撃場の受付から離れた待合所のような空間。
 正面に朝来。そのすぐ後ろに妙な女。
 女の隣には朝来に銃を突きつけている男。
 彼らから三歩ほど後ろに同じような黒ずくめの男が二人。
 そして意識をさらに広範囲に拡大させれば、不穏な気配を纏った人物がここより離れた場所に三人。
 不幸中の幸いか、近くに一般人の姿はない。
(全部で七人か)
 冷静に分析を終えた宗像は世間話でもするような気安さで女に話しかけた。
「で、あんたは何が望みなんだ?」
 見たところ抵抗する様子はない宗像に女は逆に訝しんだが、こちらの優位は変わらないとばかりに昂然と言い放った。
「あたしに屈辱を与えた男の吠え面を見ることよ」
 しかしこの言葉に、対する男はひどく面白そうに言い返したものだ。
「悪いが、女に泣かされる趣味はないぜ」
「あらそう? あたしはあんたみたいな自信過剰な男を跪かせられると思うとゾクゾクするわ」
「俺もあんたみたいな高慢な女を組み敷いて啼かせてやれると思うとうずうずするね」
「……余裕を見せられるのも今のうちよ。さあ、お譲ちゃんの顔に傷をつけたくなければ大人しく武器を放りなさい」
 昼間から聞くに堪えない下品な会話に先にしびれを切らしたのは女の方だった。
 宗像は携帯している銃ゆっくりと前に掲げ、ひどく緩慢な動作でそれを前方――朝来と女のいる方向へと放り投げた。
 銃は床の上をくるくると回りながら滑り、最終的に朝来の左足先で静止した。
 それを確認した女が口の端を吊り上げた。
 勝利を確信した笑みだった。


 ところが、追いつめられたはずの宗像もまた、口角を上げてどこか面白そうな笑みを浮かべたのである。


『やれるだろう?』


 朝来が、その微笑の意味を正確に理解するのにかかった時間は一瞬。
 そして、理解して行動に移すまでに要した時間もまた、一瞬だった。





朝来の反撃が始まる……!?


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