その瞬間は突然に
≪第5話≫
それは本当に自然な動作だった。
あまりに悠然としすぎていて、周りの人間が咄嗟に反応できなかったくらいに。
朝来は銃を突きつけられ、頬にナイフを当てられているが腕や足を拘束されているわけではなかった。
この点が、朝来をただの少女と侮った女の失態だったといえるだろう。
宗像が狙ったように放り投げた(実際狙ったのだが)銃が朝来の左足のすぐ傍で停止した瞬間、その左足が動いた。
朝来は前を向いたまま銃を見てもいない。
それなのに、左足は銃身を正確に蹴り上げた。
突然跳ね上がった銃の軌跡を目で追って唖然としている女や黒服の男たちを尻目に、朝来は腕だけを動かして素早くそれを右手に収めた。
それを見届けた宗像が笑った。
そんな宗像を見て朝来の片眉が上がった。
そこからは彼らの独壇場だった。
朝来は手首を上に捻り、まずは真後ろの男の右肩を撃ち抜いた。
間髪射れず、女の手首を銃身で殴りつけ、女が悲鳴と共に落としたナイフを蹴り飛ばすと同時に身体の向きを変える。
後ろで構えている二人の男たちが反射的に銃の引き金を引こうとしたときには、すでに朝来は彼らの利き腕にそれぞれ一発で風穴を開けていた。
たった三発で、朝来はまわりの脅威をほとんど無効化していた。
そして朝来が振り向いたときには、宗像もほとんど仕事を終えていた。
姿を隠していたはずの三人の男たちは、朝来による見事な反撃に度肝を抜かれ、次いでその見上げた職業意識によって彼女を取り押さえようと自ら動いた。
そこを、宗像の銃弾が捕らえた。
それぞれが互いに大して距離を置いていなかったことも災いした。
標的に照準を合わせると同時にこちらも正確さでは朝来に引けを取らない宗像がやはり一発で相手の動きを止める。
さすがに殺してはまずいので急所をはずすが、相手の動きが止まったと見るや、宗像はその大きな身体からは想像もできないほど敏捷に動き、瞬時に 男たちとの距離を詰めた。
腕を撃たれて反応の鈍った男の一人の鳩尾に強烈な拳を叩き込み、振り返りざまに左回し蹴りを隣の男に命中させる。
最後の一人は少し離れていたので果敢にも銃を向けてきたが、それは別の銃弾により弾かれた。
男は右を、宗像は左を同時に見る。
十数メートル離れた場所で、朝来が銃を下ろすところが見えた。
宗像は信じられないという顔をしたまま固まる男に肉薄し、またもや一撃で昏倒させた。
「相変わらず、標的の傍に俺がいても容赦ねえな」
「あら? ごめんなさい。女を組み敷いて啼かせることが好きな誰かさんのことなんか忘れてたの」
「……」
朝来は眉間に皺を寄せて宗像を見ようともしない。
どうやら先ほどの会話が不機嫌の原因のようだ。
(やれやれ。売り言葉に買い言葉だと言っても聞かないんだろうな……)
どうしたもんかと思案し、ふと視線を朝来に戻した。
その時だった。
ゆらりと、朝来の背後を亡霊のように動く影に宗像の背筋が総毛立った。
「――っ朝来!!」
それはいつも余裕を崩さない男の聞いたことのないほど切羽詰まった叫びだった。
朝来が驚愕も露わに猛烈な勢いで宗像の方に顔を向ける。
「な……」
名前、と口にしようとした朝来は咄嗟に背後の気配に反応していた。
空を切り裂く音と共に、ナイフの刃先に一筋もっていかれた髪の毛が宙を舞う。
それを避けられたのはまったくの偶然だった。
「調子に乗ってんじゃないわよ」
地を這うような声を絞り出し、狂ったような光を目に宿した女がナイフを両手に構えて朝来に再度襲い掛かった。
「――きゃっ!!」
宗像に気を取られていた朝来の反応が一呼吸遅れ、女が唇に弧を描いた瞬間、鮮血が舞った。
「っと、危ねえな」
左腕で朝来の頭部をかばい、そのせいで肘に近い腕の部分をざっくり切り裂かれた宗像は、しかしその腕で朝来を背後に押しやり、女から平然とナイフを奪い取り、無事な右手で女の首筋に手刀を送り込んだ。
女が気絶していることを確かめ、ほっと息を吐く。
そしてゆっくりと振り返り、固まる朝来の頭に右手を置いてふっと笑ったのである。
焦る宗像。レアです。
▼第6話へ