その瞬間は突然に


≪第6話≫



 動けなかった。
 そんな自分にたまらなく腹が立った。


 朝来は自分の頭に置かれた手を掴み、有無を言わせずその腕を引っ張った。
「おい!?」
 宗像が声を上げるが黙殺する。
 顔も見ずにそのままその大きな身体を引きずるようにベンチに座らせた。
 朝来は宗像にそのまま目線だけでじっとしているようにと命じると、どこかへ走り去った。
「……」
 何が何だかわからないという顔をした宗像は、それでも言われたとおり大人しく待つことにし、取り残されている間に警察に連絡する。
 大した時間を置くこともなく、ぱたぱたという足音が聞こえてきた。
 息を切らせている朝来が抱えているものを見て、宗像はやっと得心がいったという顔をした。
「救急箱。なるほど」
 まるで他人事のように呟く宗像を、なぜか朝来は睨みつけた。
 しかし何も言わずに手馴れた様子でぱっくりと割れた宗像の左腕に応急処置をし始めた。
 布を裂き、血を拭い、きれいにしたところに止血用のテープを丁寧に張っていく。
 黙々と作業を進める朝来の手が細かく震えていたが、宗像は黙っていた。


「ん。サンキュ。手馴れたもんだな」
 何事もなかったかのように、宗像は礼を言った。
 そんな宗像を、射殺す勢いで朝来が睨みつける。
「……どういうつもりよ」
 冷たい声音が低く響いた。
「何がだ」
「どうしてあんなかばい方したのよ!」
「……なんだよ。かばわない方がよかったのか?」
「っ違う!! そんな事言ってない」
 それきり、きつく唇を噛み締めて朝来は黙り込んだ。
 それをどう解釈したのか、宗像は肩をすくめて言った。
「……何が気に入らないのか知らないが、二人とも無事だったんだから良かったじゃねえか」
 宗像としては思ったままを口にしただけなのだが、朝来にしてみれば素直に頷けるわけがなかった。
「無事!? あんた、こんな怪我しておいて、どこが無事なのよ!!」
「こんな傷、傷のうちに入らないぜ」
「あんたの異常な感覚を基準にしないで!! ちょっと間違えば骨まで達してたじゃないの!!」
 朝来の剣幕は物凄い。
 空気を振るわせる怒声が耳の奥で木霊するが、そんなことよりも目の前の少女の様子に宗像は唖然となった。
「……おい。何泣いてんだ」
「うるさいっ!! やめてよ。守らないで……っ……」
 とうとう嗚咽を洩らし始めた朝来に、宗像は溜息を吐きながら言い返した。
「俺は、お前を守ることが生きがいなんだがな……そこまで拒否しなくてもいいだろうに……」
 この台詞に、朝来ははっとしたように顔を上げて首を振った。
「……違うっ! 違う。そ……そ…じゃない」
「?」
 すでにろれつも怪しい朝来の言葉を宗像は辛抱強く待った。
「傷…ついてまで、ま、守ってほしくない。……私は、あんたを、そ、損なってまで、守って欲しいと、思わない。 も、もう嫌なの。私の、目の前で……大切な人が血を流すのは……」
 そこまで言い切って、朝来は宗像を抱きしめた。
 繰り返す。
 「朝来が」抱きしめたのである。座っている宗像の頭を掻き抱くように。
 今度こそ、宗像は驚愕した。
 まさか、あの朝来が人目も気にせずこんな所業に及ぶとはさすがの宗像も想像していなかった。
 しかし驚きも一瞬。朝来の体が小刻みに震えている。
(……こりゃ、失敗したかな)
 珍しく自分の行動を後悔したような独白を内心で吐いた宗像は、宥めるように朝来の背をぽんぽんと叩いた。


 昔、自分のせいで九竜組三代目が死に掛けたことを、朝来が未だに引きずっていることは宗像も知っている。
 守るべき相手に怪我を負わせ、守られるしかできなかった無力な自分をこの世から消そうとまで思った少女だ。
 たとえ宗像にとっては取るに足らない傷でも、朝来にとっては自らの無力さを思い知らされる象徴となりうる。
 守って欲しくないわけではない。しかし、守られるだけの存在ではいたくない。
 銃を突きつけられても、ナイフを当てられても、目の前の男がどうにかしてくれることを朝来は疑っていなかった。
 そして、その際に自分の力も当てにされることが嬉しかった。
――なのに。
 結局、またかばわれてしまった。
 宗像が悪いのではない。彼は「朝来を守る」という言葉をそのまま実行したにすぎない。宗像に身を挺させた朝来の無力さこそが朝来を自己嫌悪に陥らせている原因だった。


「あ〜、悪かったよ。もう少し刃が逸れてたら腕の防具で受け止められたはずだったんだがな。さすがの俺も必死だったんだよ。  もうお前の前で怪我したりしねえよ。だから、そろそろ泣き止め。な?」
 いつになく優しく、そして下手に出てくる宗像の態度に、朝来は思わず噴き出した。
 肩が震えているが、それは先ほどまでの震えとは違い、恐らく笑いを堪えているからだろう。
 どうやら泣き止んだようだと安堵した宗像は、にやりと笑って朝来をきつく抱きしめた。
「きゃ!! ちょっと!!」
「何だ? お前から抱きついてきたんだぞ?」
 朝来の抗議もどこ吹く風。宗像はやはり宗像だった。
「まあ、しかし、あれだな。俺のことが泣くほど心配なのか。そんなに不安がらずとも、俺は簡単に死んだりしないぜ?」
 少し腕の力を緩めて、朝来の顔を覗き込むように言う宗像の眼には愉しそうな光が見える。
 そして、朝来もやはり朝来だった。
「な、何言ってるのよ!! わ、私はただ……」
「ただ?」
「っただ、あんたを守るはずの私が守られたのが気に入らなかっただけよっ!!」
 そう言って、ぷいっと横を向く。頬はほんのりと桃色に染まっている。
 そんな仕草も思わず苛めたくなるくらい可愛らしいが、本人は気づかない。


 ふと真顔に戻った朝来が呟くように言った。
「……ねえ」
「ん?」
「約束して」
「何をだ」
「私より先に死なないって」
 あまりに真摯な表情で朝来が言うものだから、不覚にも宗像は言葉に詰まってしまった。これではまるで……
「……お前」
「約束! するの?しないの?」
 宗像が何か言おうとするのを朝来が強引に遮る。
 しばし無言の間が流れる。
 そして宗像が口を開いた。
「無茶言うなよ」
 抗議しようとする朝後を今度は宗像が遮る。
「お前、俺といくつ違うと思ってるんだ。そうでなくとも男の方が短命なんだぜ?」
 そこで一度言葉を切る。そして、朝来を真っ直ぐ見つめて言い放った。
「でも、まあそうだな。お前を守って死ぬなんて真似だけはしないと約束してやるよ」
 他の人間が聞けば、なんて薄情な男だと非難されそうな言葉だった。
 なのに、それを言った男の顔は誰より自信に満ちていて、それを言われた少女の顔は誰より嬉しそうだった。
 それこそが、朝来が欲しかった言葉だったのだから。


……あんまり嬉しそうに微笑むものだから、「私より先に死なないで」という先ほどの台詞がまるでプロポーズのようだとからかうのはやめにした宗像だった。






いつになく積極的な朝来さん。宗像のレアな反応が愉しいw(オイ)


▼最終話へ