男たちの受難


≪第3話≫ ―― 彼らの言い分 ――



「司」


 地を這うような低い声だった。
 硬直したままふるふると首だけで振り向いた信楽は、そこに現世の修羅を見た。
「ひっ……!」
 思わず情けない声が出る。


 一方、司を探してこの部屋に辿り着いた竜二は、ドアを開けるなり室内の惨状の理由を理解した。
 司が怒っていることはわかっていたが、まさかヤケ酒に及ぶとは……。
 今日一番の特大のため息を吐き、竜二はもう一度司の名を呼んだ。


 半ば正気を手放しつつある向日をしっかりと抱いたままではあったが、竜二の呼びかけに司はぴくりと反応した。
「……あー、りゅうじ? おまえ、なんでそんなとこにいるんだ」
 なんとも気の抜けた問いかけである。
「それは俺の台詞だ。おまえこそ、いったい誰にしがみついてるんだ」
 対する竜二は傍から見ても不機嫌の極みだ。


『司に酒を飲ませるな』という布令は、司に勝てる組員がいないという現状ではあまり効果がないことは竜二も予想済みである。
 しかしだからといって、自分以外の男が、司の柔肌を(ほとんど強制的にとはいえ)間近で見たり触れたりすることを許容できるわけではない。
 とりあえずは、司から向日を離すことが先決だった。
 が、そんな竜二の内心に気づかない司は、相変わらず向日にしがみついたままだ。
 そばで見ていた信楽は生きた心地がしない。


「うるせー。おれがどこでなにしようと、おまえにはかんけーないだろ。どうせおれなんて、おまえのやくにたたねーんだろー」
 怒っているというより、拗ねている。
「司、お前、俺のいるところ以外では飲むなとあれほど言っておいただろうが」
「おまえのいうことなんか、きいてやるもんか」
「いいかげんにしろ。とにかく向日を離してやれ」
「やだね!」
「……」


 このとき信楽は、一見無表情に見える竜二の額に青筋が奔るのを確かに見た。


「お前……」


 無表情のまま竜二が呟く。
「なんだよ……?」
 潤んだ目と上目遣いという最強の武器を携えた司が、不審そうに聞き返す。
「お前こそ、俺以外の男に、そういうことしないんじゃなかったのか……?」
 竜二が指差す方向には、司の胸の肉圧のせいで輪郭の崩れた向日がいる。
「……」
 竜二に指摘されて、司ははじめて己の腕の中にあるものを凝視した。


「……っっっ!!///」


 途端に、司は向日の頭を放り投げた。
 壊れた人形のような動きをする向日に、信楽は心の中で手を合わせる。
 成仏しろよ……。


「お前、俺ばかり責められるのか」
 竜二の声音は氷のようだ。
「べ、別に俺は向日にキ…キスしたりしたわけじゃねーだろうが! これはただのスキンシップだ。誓いを破ったことにはなんねーぞ!」
 司も必死に反論する。
「ほう…。『ただの』スキンシップなのか……」
 その言葉の裏に、何を読み取ったのか、司は本能的に後ずさった。
 しかし、そんな動きで竜二を止められるわけがない。
 竜二は流れるような動作で、司をその腕に閉じ込めたのである。
 互いの息がかかるほどの至近距離で見つめ合う。
 ふと我に返った司が、真っ赤になって抵抗した。

「なんだ、ただのスキンシップなんだろう? 何をそんなに暴れるんだ」
 心底不満そうに、竜二は言う。
 もちろん、司を抱く手は緩めない。
「お……お前がやるとスキンシップに見えねえんだよ! 信楽も見てるじゃねえか、やめろ!」
 すっかり酔いもさめた司は、なお抵抗をやめない。
「とか言いながら、本当は嫌じゃないんだろう?」
「んなっ! 何を言っているんだね、君は!」
 司の顔はもうゆでダコ状態だ。
「さっき言ってたじゃねぇか。すけべなことされるのは別に嫌じゃねえって」
「そ……そんなこと……言って……ない……ぞ…?」
 幾分自信なさげなのは、記憶がないのと、本心を読み取られたことに対する狼狽のせいだ。
「いいや、確かに言った。俺は聞いた」
 竜二はすでに怒りを解いている。
 まあ、竜二としては、自分の腕の中に司を取り戻した時点で怒る理由もなくなっていたのだが。


「うそだ!」
「……、じゃあ、嫌なのか?」
「うっ……。それは……」
「素直になれ」
 そう言いながら、竜二は司の髪に、額に、瞼に、口付けを落とす。
 いつの間にか抵抗らしい抵抗をやめている司は、まだ酔いが抜けきってないのか、甘んじてそれを受けていた。
 関東一の極道の屋敷の中とは思えぬピンク色の空気がその場を満たし始めたその時――。


「えーーー、ゴホン」


 実にわざとらしい咳払いが、入り口付近から聞こえてきた。


「……何の用だ。渋谷」
 渋面を作った竜二が、心底不本意そうに訊ねる。
「三代目、そろそろ出かけるお時間です」
 邪魔するな、という無言の圧力をさらりとかわして、渋谷は言った。
「少し遅れると伝えておけ」
「ですけど、三代目」
「なんだ」
 渋谷は竜二の腕の中を覗き込むようにして答えた。
「司坊、寝てますよ?」
「…………」
 どおりで抵抗しないはずだ。
 妙に納得してしまったことを少し物悲しく感じながらも、竜二は仕方なく司を抱き上げた。
 そのままドアをくぐり、部屋を出る直前で一度振り向く。
 咄嗟にびくっと肩をこわばらせた信楽に対し、
「迷惑をかけたな」
 と一言残し、そのまま何事もなかったかのように去って行った。

 信楽はといえば、目の前で繰り広げられたあまりにも甘ったるい、いやいや、異常な光景のせいで完全に石化していた。
 竜二の言葉に返事をすることすらできなかったくらいだ。


 しかし、何を隠そう、これまで司の色香によって殲滅させられていたはずの組員たちも実はすでに目を覚ましており、皆一様に同じ衝撃を受けていたのである。
 司の色香に惑わされるという失態を犯した彼らだが、目の前で三代目と司のラヴシーンを見せつけられた信楽に比べれば、意識を失っているフリができただけマシだという結論に誰もが達したのであった。
 同時に、あの雰囲気をいとも簡単にぶち壊した渋谷に、尊敬の眼差しを送らずにはいられなかった。


 この日を境に、組員たち(特に若い衆)が司の前に酒を置くことを異常なまでに忌避し始めたというのはまた別の話。





りうぢの(司に対する)心はマッチ箱より狭いのです。
そして妙なところでブンさんの株が上がるw


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