寝ても覚めても


≪中編≫



 飲み会は、最初のうちはそれなりに楽しめた。
 メンバーは全部で8人。内、半分は同性だった。
 上原の言ったとおり、見知った顔ぶれも何人かいたのでそれほど気を遣うこともなかった。


 が、それも中盤を過ぎると怪しくなってきた。
「守門さんってさ、すごい綺麗な髪してるよね」
 先ほどから、朝来の隣の席を陣取って馴れ馴れしく話しかけてくるこの男、名前も名乗っていたが覚える気もない。
 酔っていることは見たらわかる。
 どうやら酔うと饒舌になるタイプらしく、先ほどから肌が白くて綺麗だの、小さくて抱きしめたくなるだの、あまつさえ髪を誉めたそばから触ろうとしてくる。
(こいつ、一発撃ち抜いてやろうかしら……)
 思わず物騒なことを考えてしまう。
「……普通よ」
 本当は相手にしたくないが、運悪く隣に座られているので一応は返事を返した。
 それでも、不機嫌さを隠しはしない。
 誰が見ても嫌がっているという雰囲気をこれでもかというくらい出しているのに、鈍い男は妙に楽しそうに話しかけてくるのだ。
「守門さん、クールだねぇ。いや、その外見でその性格って、ちょっと萌えるね」
 ……意味がわからない。
 なんだか返事をするのも鬱陶しくなってきたところで、タイミングよく上原が会話に割って入ってきた。


「おい、お前そろそろセクハラで訴えられるぞ」
「失礼な。俺は本当のことを言ってるだけだぞ」
「ハイハイ。いいから、ちょっと席変われよ」
「あ! 上原、この野郎、またいいとこ取りする気かよ!」
「なんだよ、それは。ほら、どけどけ」
 そう言って、上原は苦笑しながら、けれど強引に朝来と酔った男の間に座り込んだ。


「ごめんな、あいつ、酔うといつもああなんだよな」
「……それは、迷惑な話ね」
「……ハハ、容赦ないなぁ」
「上原君も、意外と強引なところあるわよね」
「そう? でも、あれだけ嫌がっているところを発見しちゃうと、放って置くわけにもいかんでしょう」
 おどけたようにそう言う上原も、結構飲んでいるだろうに、少なくとも見た目はほとんど変わらなかった。


「お酒、強そうね」
「そういう守門さんはぜんぜん飲んでなくない?」
「……お酒にはあまりいい思い出がないのよ」
 苦虫を噛み潰した表情の裏にいつも彼女をからかう男の顔がよぎったが、上原にそんなことがわかるはずもなく。
「でもなんか今日元気なさそうだから、どうせなら景気良く飲んだら?」
 いたって朗らかに、しかし聞きようによっては酔い潰してやろうと思っているのではないかという台詞を爽やかに言う。
 もちろん朝来も同じように考えた。
 思わず不審の眼差しを送ると、その意味に気づいた上原が苦笑して弁解するように言う。
「あ。ごめんごめん。そんな睨まないで。苦手なのに無理に飲ませようとかそういうことは思ってないから」
 そう言いながら自分は目の前のグラスからビールを一気に呷っている。
――本当に強い。
 朝来は半ば関心しながらそれを見ていた。
「でもさ、やっぱ飲みたい気分のときってあるじゃん? 俺もよくあるし。そういうときにセーブしても面白くないんじゃないかと思って。  ま、つぶれたらつぶれたで責任もって家まで送るよ。どう?」
 そういって、まだ誰も手を付けていないグラスを朝来にむけて差し出した。


(なるほど。これは女の子にモテそうね。優しくて紳士的。一つ間違えば送り狼になりそうな状況でもそんな噂もないから  本当に最後まで面倒みていそうね。まったく、あの男とは正反対だわ)
 今日約束を反故にした、女性は口説くものと決め込んでこういう状況ならまずまちがいなく狼になるであろう男のことを思い浮かべる。
(でもお酒が強いところは似ているかしら。ううん、あの男はザルというより枠っていうか、底なしっていうか。とにかくイロイロ尋常じゃないのよねぇ)
などと、よくわからない思考のループへはまりかけたところへ。


「……守門さん?」
 不意に上原から声を掛けられ、朝来は目の前の上原に視線を合わせたまま意識を別のところへもっていっていることを自覚した。
「どした? なんか上の空?」
「ううん。なんでもないわ。そうね、今日は確かに飲みたい気分だからいただくわ」
 朝来の口調は普段通りだったが、内心では軽く舌打ちしたい気分だった。
 せっかく下降気味の気分を上昇させようと思って慣れない飲み会に来たというのに、気がつけば心はあの男のことを考えている。
 目の前に女の子から人気の高い男がいても心はいつも別の男を映しているのだ。

(こういうのを重症というのかしら……)

 思わず苦笑した。
 そんな朝来に怪訝な表情を向ける上原に今度こそしっかり視線を合わせる。
 そして今の今まで考えていた男の印象を振り切るように、上原からグラスをもらって口をつけた。


 +++++


「あちゃ〜。ホントに弱かったんだ。ここまですぐに意識をとばすのはさすがに予想外っていうか……」
 ちょっと困ったように言う上原の腕の中には、ビールを一気に呷って(とは言え実際に飲んだのはグラスの半分に満たないくらいだが)  数秒後に寝息を立て始めた朝来がいた。
 上原の隣では先ほどまで朝来を口説いていた男が「ずるい」だの「お前ばっかりいいとこ取り」だのとうるさい。
 他の連中も大なり小なりの冷やかしを飛ばしてきている。
(まあ、確かに役得かもしれないけど)
 上原は内心そんなことを思いながら、腕の中に倒れてきた同期の女の子の顔を覗き込んだ。
 酔いつぶれたとはいえ、朝来の寝顔は穏やかだった。
 大した量は飲んでないからお酒の匂いはほとんどなく、代わりに髪から石鹸のような良い香りがする。
 預けてくる体重は体の線の細さを表すように重さがなく、薄く開いた唇から時折漏れる吐息がなんだか妙に凶暴な気分にさせる。
(……いかんいかん。面倒見るって約束しちゃったもんな)
 本当に約束を守ろうとしているあたり、やはり宗像とは違うようだった。


 そして飲み会が終わるまで、朝来は上原の膝を枕代わりに安眠を貪り、翌日にその場にいた者からからかわれたというのはまた別の話。





朝来さん、可愛いから飲み会なんかに行った日には絶対狙われちゃうと思うのですよ。
まあ、バックに悪党も裸足で逃げ出す男が睨みをきかせていると知っていれば
朝来を口説くなんて無茶は誰もやりたがらないだろうけど…


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