バカップルな二人のお題


1. 何度も言わせる惚れ台詞



 昨日と今日との時間の狭間で人を変える都市――東京。
 犯罪が急増するこの街で、治安を守るのは警視庁《コントロールポリス》。
 その中でも、すべての犯罪に対処できる能力を持ち検挙率No1を誇るのは、総合犯罪取締特殊班、通称GRAVE―墓―である。
 もっとも危険でもっとも死に近い彼ら特殊班は、昼夜を問わずその鋭い目を光らせている……


 ……はずである。


 * * * * *


「きゃあ!!」
という悲鳴を残し、朝来は一台の自動車の中へと引きずり込まれた。
 そんなイタイケな少女の声に誰も耳を貸さないのは、ここが他人に無関心な都市だからというばかりではない。
 少女を拉致した車は、日本が誇る警視庁《コンポリ》のパトカーだったのだから。
「何もそんな悲鳴を上げなくてもいいだろうが」
「いきなり拉致されたら誰でも叫ぶに決まってるわよ!」
 勤務時間が終わったばかりの宗像は、着替えることはもちろん、車すら変えずに朝来との待ち合わせに向かい、そのまま有無を言わせず彼女を助手席に乗せて運転している。
 隣で朝来がぎゃんぎゃんと文句を言っているが、そんな反応も明らかに面白がっている様子だ。
「ちょっと、あんた。聞いてんの!?」
「お前、ほんといっつも怒ってんな。俺としては怒っている顔より笑っている顔のほうが好みなんだがな……」
「……っ!」
「……」
 一瞬で頬を真っ赤に染めた朝来を横目にとらえ、宗像は笑いを噛み殺した。
(相変わらず、こいつは。かわいい反応を返すねぇ……)
 どれほど怒っていても、こうして一言、こちらが思っていることを口にするだけで途端に頬を染めて黙ってしまうのだ。
 いまどき、こんな他愛のない言葉一つで照れまくる女は希少だ。
 面白いから思わず何度も同じような言葉を口にしてしまう。
(ま、おかげでこちらも中々手が出せないんだが……まあ、そのうち)
 などと、朝来にとっては聞き捨てならないことを密かに考えているうちに、パトカーは警視庁に到着した。
「少し待ってろ」
 そう言って朝来をいったん降ろして駐車場へと向かう。
 車を変えて再び朝来を助手席に乗せると、先程よりも幾分軽快に走り始めた。


「今日はどこ行くの?」
「ん? 言ってなかったか。俺んちだ」
「……」
「……」
「……あんたの、家?」
「そう。ま、一人暮らしだから遠慮しなくていいぜ」
 相変わらずなぜかえらそうな口調である。
 一方朝来はまたしても言葉を失った。
(こいつ、今『俺んち』って言った? 言ったよね。で、でもそれってやっぱりマズいんじゃ……だって、この男よ!? 何されるかわかったもんじゃないじゃない……でも、あたしたち付き合ってるんだし、いずれはそういうことも……って!何考えてんのよ、私!)
 出会いが出会いだっただけに、一抹の不安を抱きつつ、かすかに期待も入り混じる。
 そんな複雑な乙女心に翻弄されている朝来を、宗像は視界にとらえて内心苦笑していた。
 不意に、朝来がちらりと視線を投げる。
 ずっと朝来を観察していたことなどおくびにも出さず、宗像は視線を合わせて不敵に笑った。


 ニヤリ。


「――っ、あんた! 何か今よからぬことを考えてたでしょう!!」
「失礼な奴だ。どうせよけいなことを考えてたのはお前だろうが」
「よ、よけいなこととは何よ! だいたい、さっきの笑いは何よ。あんな顔して何も企んでないなんて言われても信用できるわけないでしょーー」
「ふ〜ん。本当に何も考えてなかったのか……?」
 宗像は不意に車を停めて朝来にずいっと顔を近づけた。
 案の定、朝来は口をぱくぱくさせている。顔が沸騰しているのは言うまでもない
「それとも、実は何かして欲しかったか?」
 からかわれているとわかっていても、至近距離で囁かれると朝来にはもうどうすることもできなくなる。
 それでも、何も言い返さないのはこの男の言っていることを認めているようで癪に障る。
(極道の女が、ポリスに負けてたまるもんですか!)
 決意も露わに、鼻先数センチまで迫った目の前の男をきっと睨みすえる。
 ほとんど押し倒されそうな姿勢のまま、それでも言い返したのは朝来の意地だった。
「そっちこそ、何かしたくてたまらないんじゃないの?」


 色仕掛け(?)に反撃してきた朝来に、宗像は一瞬だけ目を瞠った。
 が、すぐににやりと笑い返し、振り払えない絶妙のタイミングで朝来のやわらかい髪を一筋すくいとった。
 その髪の感触を楽しみ、不意に唇を近づける。
 朝来が息を呑むのがわかったが、そんな新鮮な反応は自分をを喜ばせるだけだということにこの娘は気づいていない。
 朝来が固まったのをいいことに、宗像はそのままさらに接近し、耳元に触れるか触れないかという距離で、低く囁いた。


「したいって言ったら、やらせてくれるのか?」


 朝来は生まれて初めて、腰砕けなるものを体験した――。





がんばれ朝来さん!

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