バカップルな二人のお題
2. 栄養補給の手段は…
「……」
朝来はあんぐりと口を開けたまま立ちすくんでいた。
「どうした? 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔だな」
「ポリスって、こんないい部屋にすめるほど儲かるの……?」
朝来が案内された部屋は、男の一人暮らしにしては異常といえるくらい広かった。
システムキッチンにカウンターを備えたダイニングと大きなソファと液晶テレビが鎮座するリビングが一続きになっており、一面ガラス張りかと思えるような大きなガラスの窓を開けるとこれまた広いベランダがある。
視線を転じると、寝室らしき部屋のドアともう一つ別の部屋がある。
着替えるために寝室に入った宗像の背後から覗いてみると、寝室には、案の定というべきか、キングサイズのベッドが中央に置かれていた。
思わず、洗面所や浴室まで覗いた朝来は、その広さにさらに驚くことになる。
大理石張り――とまではいかなくとも、白を基調に落ち着いたトーンでまとめられた浴室は持ち主に合わた特注サイズらしく、朝来なら泳げそうなくらい広い。
無駄に巨大な鏡のある洗面所は、なんとなく落ち着かない気分にさせられる。
全体的に、家具類や個人的な私物が少ないせいもあり、まるで生活感がなかった。
朝来が家捜しのごとくあらゆる部屋のドアを開けていることに気を悪くした様子もなく、宗像はジーパンにTシャツというラフな格好で現れた。
「お前ん家だって相当でかいだろうに。そんなに珍しいか?」
宗像はまだ日も暮れていないのにビールを水代わりに飲み干している。
「ていうか、なんとなくあんたが住んでるように感じなかったから……。なんか、ホテルかどっかにいるみたいで落ち着かないわ」
朝来はきょろきょろしながら、それでも一応ソファに腰かけた。
「ほう。なんなら今から本物のホテルにでも行くか?」
朝来の背後に音もなく近寄った宗像は、無防備な朝来のうなじに息を吹きかける。
「ひゃぁ! な、なにするのよ」
予想どおりの初々しい反応に、宗像の頬がゆるむ。
「おっと。いきなり暴力はよくねえな。まずは話し合いからはじめるのが平和的解決への第一歩だぜ?」
まったく似合わない――というか、この男は率先して平和から遠ざかっているような所があるのだが――台詞を口にして、宗像は振り上げられた朝来の腕を難なく掴む。
そのままするりと朝来を抱き上げたかと思うと、おもむろにソファへと腰を下ろし、その膝の上にちょこんと朝来を乗せた。
あっという間に宗像の膝に横座りする体勢になってしまった朝来は、全身をゆでダコのようにしながら固まっている。
「なんだ。大人しいな。あんまりしおらしくしてると、いろいろしたくなってくるな……」
呟くように言われたその言葉に、さすがに朝来も反応した。
「ちょっと! さっきから何言ってるのよ! だいたい、この体勢は何!? 私は子どもじゃないわよ」
赤面したまま、目つきを険しくしてもまるで怖くないどころか、その上目遣いが逆効果である。
横座りさせられたことを「子どもっぽい」と感じている初々しさも、宗像の嗜虐心を煽る。
だいたい、先ほどから密着しているせいか、朝来の身体の柔らかい感触や髪から香る芳香が、今のところ保っている理性を誘惑しているのだ。
それでも、十も年下の小娘に宗像が先に堕ちることなどありえなかった。
「あのなぁ、子どもだと思っている相手にこんなことするわけねえだろう?」
思わせぶりな態度でふわふわと手触りの良い髪をもてあそぶ。
そして朝来が口を開く前に、おもむろにその小さな顎に手をかけてたかと思うと、くいっとこちらを向かせたのである。
「こういう姿勢は、こういうことをするためのもんだろう?」
危うく唇を奪われかけた朝来は、直前で我に返って目の前の男の口に両手を当てて抵抗した。
「な…な…いきなり何すんのよ!!」
あと少しというところでおあずけを食わされた宗像の機嫌は、当然のごとく急降下している。
「何って、キスに決まってるだろ。何を嫌がってるんだ? 初めてというわけじゃないんだろう?」
確かに、朝来は以前竜二の婚約者だったころに竜二とキスまではしたことがあった。
別にキスの一つや二つくらいどうということはないと、今の今まで思っていたのも事実である。
――しかし。
「う、うるさいわね! だって、あんたがやると異常にいやらしいんだもの。別に、嫌がってるわけじゃなくて……」
一瞬だけ間をおき、朝来は一気にまくしたてた。
「なんかあんた肉食獣みたいで、緊張するのよ!」
これには宗像も目を瞠った。
(そんなにギラギラしてたかねぇ……)
微妙に身に覚えもあるため、反論もしづらい。
(まぁ、しかし、なんだ。怖がってたんじゃなくて、この俺のあまりの色気に緊張してたわけか)
と、見事なポジティブシンキングを発揮して勝手に結論付けた宗像は攻め方を少し変えてみることにしたらしい。
朝来を抱く力を少しだけゆるめて、ソファにもたれながら口を開く。
「別に嫌じゃないんだよな?」
確かめるように念を押す。
「……そ、そうだけど……」
何か嫌な予感を敏感に感じ取った朝来が思わず身構えるのを制して、宗像は笑いながら言ったのである。
「じゃあ、お前からしてくれよ」
宗像の予想に反して、朝来は妙にふぬけたような返事を返した。
「……どうして、そういう話になるのかしら……?」
「簡単だ。俺がキスしようとしてもお前は俺のあまりの色気に緊張して抵抗する。なら、俺は何もせずお前からキスしてきたら何の問題もないじゃねえか。キスは好きなんだろう?」
宗像はこれで万事解決したとばかりに胸を張っている。
しかもところどころ都合よく脚色されているような……。
朝来にとってはあまりに突飛な提案だったため、赤面するのも忘れていたのだが、宗像の言葉を次第に飲み込むと、今度は怒りに身を振るわせ始めた。
「あんたって……どうしてそう自分勝手なの!? なんで私からキスしなきゃいけないのよ!」
拒否されるとは思ってもみなかった宗像は、目を丸くしている。
「なんでって、俺がしたいからに決まってるじゃねえか」
「――っ! そ、そんなこと知らないわよ!」
一瞬で最初の勢いをなくした朝来に気を良くした宗像は、さらに言い募る。
「俺は今日凶悪犯を3人も捕まえたんだ」
「……それがどうしたのよ?」
それが仕事でしょう、とでも言いたげに朝来が聞き返す。
「まあ、大した連中ではなかったんだが、この俺でも疲れることはあるわけだ」
「……」
「疲れた身体には、栄養補給が欠かせないだろう?」
だんだん、言いたいことがわかってきた朝来は、すでに頬を真っ赤に染めている。
「だから……」
「だったら、まずご飯を食べなさいよ。ご飯を」
これ以上はまずいと思った朝来が機先を制して言い返す。
しかし、これくらいで折れるほど宗像という男は甘くはなかった。
「幸いなことに、俺の疲れはお前からのキスで取れるんだ。ダメだってんなら俺からでもまったくかまわないが?」
キラリと目を光らせるのを見れば、この男が本気なのだと一発でわかる。
朝来はなんだか完全に負けたような気がして憮然としたが、結局は勝てないことがわかっているため降参せざるを得なかった。
「……ほ、ほんとにあんたからは何もしない?」
上目遣いでそういうことを言うのは反則だが、そこは宗像も自制する。
せっかくの朝来からの栄養補給のチャンスを逃すわけにはいかないのだから。
「しねえよ。ほら、早くこい」
片目をつむって手招きする。
朝来はほんの少しだけ逡巡してから、意を決したように宗像の頬に両手をそえた。
朝来の波打つ髪から香る芳香が宗像の鼻腔をかすめたとき、かすかな音と共に、唇が重なった。
本当に触れるだけのキス。
(ま、最初はこんなもんか)
そんな感想を抱きつつ、宗像は離れていこうとする朝来の後頭部を押さえ、腰を引き寄せた。
「……ちょっ……んっ」
約束と違うと叫びかけた朝来の抗議の声は、次の瞬間、宗像の唇に吸い込まれた。
――息すらできなかった。
食べられてしまうのではないかと思えるほどの勢いで、口内を蹂躙される。
深く、激しく、そして甘く。
頭の奥がしびれて、何もかもゆだねてしまいそうになるのを、朝来は必死で耐えた。
朝来が瞳を潤ませながら、やっと一息ついたのは、それからどれくらい経ってからか。
あまりの衝撃に半ば呆然としていた朝来だが、宗像が慣れた手つきで服の中に手を入れ始めたところで我に返った。
バシッ!!
宗像の手を容赦なく叩き落とす。
「何もしないって言ったじゃない!!」
「お前がするときは何もしなかったじゃねえか」
「その後やれば意味ないでしょう!!」
「とか言いながら、気持ち良さそうだったがな?」
「うぅ〜〜〜…。やっぱりあんたってスケベだわ……!」
「なんだ。やっぱり俺って泣くほどセクシーなのか」
「だから、そんなこと言ってないでしょう! 素直にけなされてると受け止めなさいよ!」
先ほどまでの艶めいた雰囲気はどこへやら。
涙目ながらも完全にいつもの調子を取り戻した朝来は、しかし、ここでふっと怒りを収めて宗像をじっと見つめた。
「……なんだ?」
不審に思い、宗像が訊ねる。
「……約束を破ったのは、許せないけど…………でも、もう緊張したりしないわよ!」
最後は囁くような声だったが、宗像はしっかり聞いていた。
思わず笑みがこぼれる。
一方朝来は、この台詞が今までで一番恥ずかしかったのか、突然お手洗いに行くといって宗像から離れていった。
頬から耳まで真っ赤になっていることに、本人も気づいているだろう。
「今回はこれくらいにしといてやるか」
予定通りに事を運んだ宗像は、朝来の反応を楽しみながら、そんなことを呟いた。
もちろん、次はこれくらいじゃあ済ませてやらないが、と物騒なことを考えながら……。
ギラギラ宗像(笑)
彼は朝来さんがかわいくてしかたないw
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