バカップルな二人のお題
4. 1ミリの隙間も空けたくなくて
はっと目を覚まして窓の方を見ると、外はすっかり暗くなっていた。
冬だから日が暮れるのが早いとはいえ、すでに時間は午後九時をまわっている。
ソファの上で寝転んでいる間に、いつのまにかずいぶんと長く眠っていたらしい。
上半身を起こしたとたん、かけてあった毛布がずるりと床に落ちた。
(……あいつがかけてくれたのか)
宗像は部屋の中を見渡し、いるはずの少女を探した。
しかし、部屋の中は電気もついていない。
眠る前に確か料理を作っていたはずだから、キッチンにいるのかと思いきや、明かりどころか人の気配さえしない。
もしかして帰ったのか、と思いながら一応寝室も覗きに行った。
キングサイズのベッドに対して小さすぎるふくらみがそこにはあった。
「……ん…」
人の気配を感じたのか、布団にもぐりこんでいる朝来が身じろぎする。
どうやら、こちらが眠りこけていたせいで待たせてしまったらしいことに思い至った宗像は、ここで、さてどうするべきかと思案する。
もう暗いので起こして送っていくのが筋なのだろうが、せっかくの
起こさないように気配を消しながら近づき、朝来の隣にそっと腰を下ろした。
朝来はまたもぴくりと動くが、目を覚ます気配はない。
仮にも男の寝室だというのに、この無防備さはどうしたものか。
宗像は苦笑しながら、シーツの上で柔らかく波打つ髪を一房掬い取った。
相変わらず手触りのいいそれは、宗像の長い指の間をすり抜ける。
しばらくその感触を楽しみ、そのままその手を頬へすべらせた。
眠っている間に暖かくなったせいか、朝来の頬はわずかに上気し、小さな桃色の唇はまるでこちらを誘うように薄く開いている。
宗像の指は自然と朝来の唇に伸び、その柔らかなラインをなぞるように触れた。
ここまでくると、据え膳食わぬはなんとやら、というものだろうが、なぜかそれ以上の行為は躊躇われた。
そんな自分の行動に宗像はまたも苦笑した。
(この俺が、こんな小娘に遠慮するとはね……)
とはいえ、眠っている間に手を出したりしたら、朝来が烈火のごとく怒り出すのは目に見えている。
今日はせっかくあいつからキスもしてもらったことだし、と自分に言い聞かせてとりあえず手を出すのも起こすのも控えることにした。
来たときと同じようにそっとその場を離れようとした宗像は、わずかに袖をひっぱられ、一瞬目を瞠った。
起きたのかと思いきや、まだ寝息は聞こえる。
寝ているくせに、ぎゅっと握られた朝来の手は、簡単にははずれそうになかった。
「やれやれ……」
思わずため息が洩れた。
せっかくこちらが何もしないでやろうという結論に至ったばかりなのに、これだ。
さてどうしてくれようか、と物騒なことを考えながらもそっと座りなおすあたり、自称フェミニストなだけはある…かもしれない。
しかし、そのまま隣に座っているだけというのも、なんだか妙なものである。
何より、暖房の効いていない寝室は少々寒いのだ。
となれば、選択肢は(少なくとも宗像にとっては)一つしかなかった。
「う……ん…」
一瞬だけ冷気に肌が触れたせいで、朝来の意識は半分だけ覚醒した。
しかし、寒いと思ったのは一瞬で、なんだかいまは暖かいものに包まれているようだ。
ベッドで寝ているのだから当たり前だろうが、布団とは違った安心感だ。
――そう、人の体温みたいな……
パチリ。
不意に、朝来は目を覚ました。
同時に、なんとも嫌な予感のするままにそろりと顔を上げる。
「――っ!!」
朝来の身体は確かにすっぽりと包まれていた。
宗像の胸の中に。
穏やかだったはずの心臓が、途端に跳ね上がる。
普段の朝来なら、「何すんのよ!」と言いつつどつくくらいはするだろうが、如何せん寝起きで頭も身体も充分に働いていない。
突然の事態にしばらく脳が停止した。
「なんだ、起きたのか」
突然動き出し、そして唐突に固まった朝来の頭上から、宗像の平然とした声が降ってくる。
ぱくぱくと口を動かすだけの朝来を見ても、宗像は朝来から離れようとしない。
「何……してるの」
なんとも間の抜けた問いだったが、今の朝来にはこれだけ言うのも大変だった。
ところが、返す男の言葉はたった一言。
「寝てる」
これだけである。
だんだんと意識を取り戻しはじめた朝来は、恥ずかしさに頬を真っ赤にしながら叫んだ。
「そうじゃなくて、なんであんたがここで寝てるのよ!!」
「なんでと言われても、ここは俺のベッドだぞ」
ごもっともである。
「そ、そりゃそーだけど……じゃなくて、なんで……」
「ん?」
顔を上げると男の顔が至近距離に。
うつむくとその男の胸に顔をうずめる形に。
もがこうとしても腰をがっちりからめとられて身動きがとれない。
なによりここは、男の寝室である。
一瞬の内に、そこまで考え付いた朝来はもはや文句を言うどころではなかった。
そんな朝来の内心など、すっかりお見通しの宗像は、やはりこの状況を楽しんでいる。
「なんだよ。なんか聞きたいことがあるんじゃないのか」
顔がニヤニヤ笑っているが、今の朝来はそんなところにまで気が回らない。
「と、とにかく離してよ」
もう顔を上げられないといった風で、朝来が抵抗を試みる。
しかし、いくら動こうとも強靭な肉体を誇る目の前の大男にかなうはずもなく。
そのうちに、朝来は宗像の身体が小刻みに震えていることに気がついた。
その意味を悟り、さすがに黙っていられなくなった。
「ちょっと! 何笑ってんのよ!」
「いや……お前の反応がかわいいもんでつい、な」
さらりと言う。
「ところで、何か作ってたんだろう? それとも俺が寝ちまったから途中でやめたか?」
突然の話題転換に少しとまどいながら、朝来は律儀に答えた。
「あるわよ。大したものは作れなかったけど。いつまでたってもあんたが起きないから、待ちくたびれて寝ちゃったじゃないの」
少々ぶっきらぼうな言い方だが、照れてるだけだということはその頬の色を見ればすぐにわかる。
「そりゃ悪かったな」
全然悪かったと思ってなさそうに宗像が言う。
「で、何作ったんだ?」
「ええと……」
いつのまにか、宗像のペースに巻き込まれて朝来は抵抗らしい抵抗をやめさせられている。
抱きすくめられたままだというのに、先ほどまでの硬さはなくなり、自然と身体を宗像へ預けているようだ。
相変わらずの無防備さ加減に呆れながらも、それが自分限定であることは百も承知の宗像は、朝来にはわからぬくらい小さく笑った。
苦笑でも自嘲でも、何かを企んでいる笑いでもない柔らかな笑みだという点が、この男に(失礼ながら)まったく不似合いなのだが、もしも朝来が目にしていたらまたもや脳停止状態に追い込まれることは目に見えている。
それくらい、とろけるような笑みだったのである。
宗像は朝来の感触を存分に味わったあと、非常に名残惜しそうに(しかし顔には出さず)せっかくの朝来の手料理を食べるために寝室を後にした。
(もうちょっと育ってくれるともっと触り心地がいいんだがな)
これまた朝来の逆鱗に触れそうな感想を抱きながらも、実のところ充分に満足した宗像は機嫌よくテーブルに座ったのだった。
本当に相手に参っているのは、この男のほうなのかもしれない……
意外と自制が利く宗像氏。
そして意外と彼の方が振り回されている…? ま、いっか(オイ)
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