ひとつ屋根の下に贈る5つのお題


1. これは誰かの陰謀か?



 チュンチュンと、窓に面した広い庭から小鳥の鳴き声が聞こえる。
 聴覚への心地よい刺激と部屋に差し込む白い光で俺は目を覚ました。
 九竜組の屋敷内にある一室。畳にして二十畳は軽くあると思われる部屋の中央に横たわるダブルベッドの中で身じろぎする。
 部屋にはその他にもクローゼットや棚や机などが一通り備え付けられているが、私物の少ない俺が使う場所などたかが知れている。
 九竜組三代目組長、白神竜二のボディーガードとして雇われている俺は今、この無駄に金持ち臭のする広い部屋で寝起きしている。
 俺が起きたことを悟って、もうすぐカーリーも来るだろう。
 ちなみにカーリーは俺の実の母親、綾部若桜の声紋やDNAに反応するように作られた黒豹型のサイボーグだ。  製作者があの「権座衛門」だというのはいただけないが、愛らしいカーリーに責はない。


 さて、今は八月。夏真っ盛りである。
 短パンとタンクトップだけという姿で寝ているが、朝になるとやはり寝汗で髪の毛が額に張りつく。
 ごそごそと身体を横に向けた俺は、無意識の内に腕を伸ばした。
 が、その手は空を切って肌触りの良いシーツの上を彷徨う。
 俺は思わずがばっと上体を起こした。そしてちらりとシーツに視線を落とす。
 隣には別に誰もいなかった。当然だ。
   ここは俺の部屋で、他の誰かがいる方がおかしいのだが。
「……竜二がいない。珍しいな……」
 いつも勝手に部屋に入り、勝手に隣で寝ている竜二が今日はいない。
 思わず洩らした自分の言葉に、残念そうな響きが感じられて、俺は急いで頭を振った。
「いやいやいや、竜二がいないからってなぜこの俺が落ち込まねばならんのだ……!!」
――まぁ…確かに…竜二の存在やぬくもりを直に感じるのは好きだけど…………
「――って、ちっがーーーーう!!」
 目を覚ませば隣に竜二がいる。そのことをいつの間にか当然のように感じていたことに、俺は少々焦った。
 しばらくじたばたと暴れる。そうでもしないと気づきたくないことに気づいてしまいそうだ。
「いやー、久しぶりに一人で起きる朝は清々しいなーー」
 誰に聞かれているわけでもないのに、気を紛らわせようとそんなことを口にする。
――よし、なんともない。ちょっと残念だとか思ったのは気のせいだ。そうに違いない。
 気を取り直して、俺は着替えを始めた。


 朝食を済ませた後カーリーを連れて竜二の仕事部屋へ行くと、竜二の側近、渋谷良行ことブンさんが何か書類を片付けているみたいだった。
「おはようブンさん」
「ああ司坊。今日は早いな」
「そうかな? なんか目ェ覚めちゃってさ。竜二はまだ?」
 そわそわとしながら辺りを見渡しながら訊いた俺に、なぜかブンさんは小さく噴き出した。
「……俺、何か変なこと言った?」
 不審の目をブンさんに向けると、ブンさんはまだ少し笑いを引きずりながら答えた。
「いやいや。三代目、昨日は司坊の部屋で寝なかったんだな」
「……ブンさん。なんか面白がってない?」
「あー、そういえば、昨夜は仕事が遅くまで残ってたから、三代目も自室で寝たのかもしれないなー」
 わざとらしく話をはぐらかしたブンさんは、逸らした目線をそのまま部屋の入り口に移動させた。
 つられて俺も振り返ると、ちょうど竜二が起きてきたところだった。
「おはようございます、三代目」
「おはよ、竜二」
 二人分の挨拶に「ん」とだけ返した竜二は疲れの残る目を瞬かせながら、椅子に座ってパソコンの電源を入れ、  ブンさんが持ってきたコーヒーをすすり始める。
――なんか、妙によそよそしい……?
 なぜかはわからないが、竜二の態度に俺は妙なひっかかりを覚え、少し眉をひそめた。
 それを目ざとく竜二が見つける。
「司?」
 どうしたんだ?と目線だけで問いかけてきた竜二に、俺はなぜか不満を抱いた。
 それは態度にも出たらしい。
「何をそんなにふくれてる?」
「なんでもない。それよりお前、ちゃんと休んでんのか?顔色悪いぞ」
 いつもよりそっけない口調になったのが自分でもわかったが、なぜこんなに不満なのか自分でもよくわからないのだからしょうがない。
 竜二は気を悪くした風もなく、肩をすくめて返事に代えた。
 どうやらあまり休めていないらしい。
 ならこんな朝早くから起きてこなくていいからもっと寝てろと言ってみたが、竜二は首を横にふるばかり。
 ブンさんの方を見ても、小さく溜息を吐くばかり。
 カーリー……に頼んでも仕方がない。
 もともと気の長いほうではない俺は即座に実力行使に訴えた。
 が、力ずくで竜二を寝室へと運びこもうとした俺の行動は竜二にさらりとかわされ、竜二は会合があるからとか何とか言い残し、振り返りもせずに  出て行ってしまった。
 ブンさんも慌てて後を追う。
 残された俺はぷるぷると拳を震わせ、そして叫んだ。
「だぁーーーーー! 竜二のバカやろーーーーーー!」
 気づいたときにはもう、カーリーすらも撒く勢いで屋敷を飛び出していた。


 このときの俺はまだ、目を覚ましたときからもやもやとくすぶる己の感情が何なのか、まったく自覚していなかった。





さて、竜二の思惑や如何に?
次は竜二視点。

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