ひとつ屋根の下に贈る5つのお題


3. 意外すぎた真実



「……そんで? 紅月は怒って家を飛び出したのか?」
 ジュースをすすりながらそう言うのは、俺の友達で関西の極道「門鐘組」組長の息子、浅羽椿だ。
 九竜組の屋敷を飛び出した後、俺は浅羽君を強引に連れ出し、夏休み中でも開いている学校の食堂で今朝の話を愚痴っていた。
「だって、俺がせっかく心配してやってんのに、あいつほとんど無視して出て行きやがったんだぜ!」
「……白神は仕事で忙しいんだろ」
「だからって、朝も早くから竜二の様子を見に行った俺の親切を無駄にするのは許せん!」
「そういや、なんで今日はこんなに早いんだ?」
 思い出したように時計を見た浅羽君が首を傾げながら訊ねてきた。
 確かに、今はまだ午前十時にもなっていない。普段なら遊ぶにしても昼過ぎになるところだ。
「あ〜そういや今朝は竜二の馬鹿をとっちめる手間が省けたから……」
「は?」
 訝る浅羽君に、俺は毎朝の日課と化している竜二への制裁について話してやった。
 しかしなぜか、聞いた浅羽君はふるふると首を横に振りながら神妙な声で呟く。
「……紅月、白神、お前らもうそんな仲なのか……」
「へ?」
 今度は俺のほうから間の抜けた声が洩れた。
 そんな俺に向かって、一転不敵な笑みを湛えた浅羽君は内緒話をするように囁く。
「だって、毎晩一緒のベッドで寝てるんだろう? いや〜やるね〜お二人さん♪」
 ひゅーひゅーと口笛まで吹いている。
「な、な、なんば言いよっとかねーーーー! 君は!!」
 どこの方言ともわからぬ珍妙な台詞になったのは動揺している証拠だが、とても愉快げにからかう浅羽君に、俺は顔を憤然と抗議した。
「とか何とか言いながら、実は機嫌が悪いのも白神がベッドに忍び込んできてくれなかったせいだったりして……」
「んなっ! それじゃあ、まるで俺があいつ襲ってくるのを待ってるみたいじゃねーか!」
「だって朝、人肌恋しくて目が覚めたくらいなんだろ。しかも起きてきた白神はかまってくれない」
「ひ、人肌……!?」
 ちがう!違うぞ!と叫びたかったが、動揺と羞恥のせいで口をぱくぱくさせることしかできなかった。
 調子に乗った浅羽君は、さらなる爆弾発言を容赦なく続けざまに投下する。
「まったく、ホントに肝心なトコで察しが悪いな、白神は」
 そしていったん言葉を切り、身を乗り出すようにしてふふっと笑う。
「『もっと寝てろ』ってのは、『一緒に寝よう』ってことに決まってんじゃんなぁ?」

 ゴツン。

 鈍器で何かを打ち据えたような嫌な音が響いた。
 自らの額も赤くさせた俺は、おでこを腫れ上がらせて目を回す浅羽君を置き去りにしてその場を後にした。


 あれ以上浅羽君に喋られたら、何を言われるかわかったもんじゃない。
 そんな文句を心の中で言いながら、しかし俺は実のところ少し、いやかなり焦っていた。
 他でもない、浅羽君の指摘に動揺した自分に、である。
 確かに朝竜二の姿が見えなかったとき、少し、いや、ほんのほんのすこ〜〜〜〜しだけだが、がっかりしたのだ。
「いやいや、でもそれはいつもの朝の制裁がなかったことでリズムが崩れたからだな。うん」
 内心の独白に、ぼそぼそと独り言で返す。
理由に筋が通ってないことには目をつぶった。
「俺が腹を立てたのは、あいつが聞き分けなく仕事詰めになってるからで、ましてや、『一緒に寝たい』などという気持ちで  忠告したんでは断じてないゾ!」
 ぎゅっと拳を握りうんうんとやはり独りで納得した後、ふと首を傾げた。
(でも、そーいや今朝の竜二はべたべたしてこなかったな……)
 普段の竜二はこちらの都合や衆目などお構いなしに所構わずイチャつこうとするのだ。
(よそよそしいと思ったのは、そのせいだったのか……)
と、そこまで考えて愕然とする。
(って、これじゃあやっぱり俺が竜二の行動を期待してるみたいじゃねぇかーーーーー!)
 俺はもやもやとしていた己の感情の真の原因に辿り着きそうになり、猛烈な勢いで頭を振った。
「いやだなぁ〜俺ってば、早とちりさん。さぁて、もうあんな馬鹿のことは考えないようにしよう、うん」
 右手で自分の額をぺちんとたたき、ふふふと笑いながら俺は通りを歩いていった。


 独り漫才のような奇行に走るこの不審人物に声を掛けるものは当然のことながらいなかった。





浅羽君はこれでも司坊の親友です……。

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