ひとつ屋根の下に贈る5つのお題


4. 戸惑いを断ち切れ



 辺りに夕闇が迫り始めても、肌に纏わりつくような暑さは相変わらずだ。
 とはいえ、九竜組の邸内はどこも空調がきかせてあるので別段不愉快なことはない。
 今日の分の仕事は比較的早く終わったので、俺は煙草の煙を眺めながら空いた時間を無為に過ごしていた。
 渋谷からは少しでも休めと言われたが、別に眠くもないのに寝るわけにもいかない。
 ふと時計を見上げる。
 そろそろ司が戻ってくるころだという考えに至ったのは、どうやら俺だけではないらしい。
 なぜか俺の部屋ででかい身体を休めていた黒豹がむくりと起き上がった。
 俺ははっきり言ってこのサイボーグらしい黒豹が気に入らない。だいたい、あのロン毛野郎が作ったというのが不愉快だ。
 だが司が傍に置くというのだから仕方がない。
 とにかく、その黒豹がそのまま部屋を出て行くのを見送った。
 しばらくするとなにやら騒々しい物音が聞こえてくる。どうせじゃれあっているのだろう。いつものことだ。
 さらに根気強く待つと、やっとのことで黒豹の歓迎の挨拶から解放されたらしい司が入室してきた。
「……あ〜、竜二。ただいま……」
 黒豹とのじゃれあいで司が疲れきるのは毎度のことだが、そのたびこちらからも溜息が出るのはこの際仕方がないだろう。
 あまりに疲れて、どうやら今朝この俺に暴言を吐いて(もちろん面と向かってではないが)屋敷を飛び出したことなど忘れてしまっているらしい。
 別に俺も気にしていないのでどうでもいいが。
「どこに行ってたんだ?」
 どさっとソファに座った司の隣にさりげなく移動しつつ、世間話をするように訊ねる。
「えーと、浅羽君と学校で話をして……」
「で?」
「……あ”〜! な、何でもない! 別に大したことは話してないな、ハハ……」
 何を思い出したのか、突然顔を赤らめて司はあまりに不自然に話題を逸らした。
「そうか」
 俺がそれを追求しなかったことで、司はあからさまに胸を撫で下ろしたようだ。
……が、甘い。
「で、今朝のあれはなんだったんだ?」
「あ、あれ、とおっしゃいますと!?」
 ほっとしたのも束の間、いきなり核心を突く問いかけに、司はしどろもどろに聞き返す。
「拗ねてただろう?」
「拗ね……!? お、俺は怒ってたんだぞ!」
「ほう。俺はまた、てっきりかまってくれなくて機嫌が悪いんだと思ってたんだが。ああそうか、物足りなくて怒ってたのか?」
 不敵な笑みを浮かべながらそう言ってやると、案の定司は顔を真っ赤にしたままあんぐりと口をあけて固まった。
 その瞬間を見逃さず、頬に手を当ててこちらに引き寄せ……ようとしたところで、残念ながら司の身体の硬直がとけた。チッ。
「な、なにをしてるのかな、りうぢくん?」
「今朝の態度じゃ物足りないというから、満足させてやろうとしてるんじゃねえか」
 引き寄せようとする俺と、阻止する司。両者一歩も引かず、鼻先数センチの距離で攻防が続く。
「そんな恩着せがましい奴の施しは受けんわ!」
「遠慮するなよ。俺がいないと夜も寝られないんだろう?」
「勝手に捏造してんじゃねーーー!」
 短気な司がこの俺を蹴飛ばした。
「ふん。二日前はあんなに俺に迫ってきておいて、よく言う」
ぼそっと独りごちたつもりが、しっかり聞こえていたらしい。
「オイコラ。デカい図体で不貞腐れて妙な言いがかりつけてんじゃねえ」
「…………」
「な、なんだその目は……」
 じっと見つめる俺に思わずたじろいだ司に、俺はふう〜とわざとらしい溜息をついた。
 それはあながち演技でもなかったのだが、司はそうは感じなかったらしい。
「あ、キサマ。今バカにしただろう! 竜二のくせに、生意気なやつめ!」
 司は俺の目の前に立って、頬をぐいぐいと引っ張ってきた。
 俺にしてみれば、飛んで火にいる何とやら、だ。
 その両腕をつかみとり、不意を突いてその腕を引き寄せ、膝の上に座らせる。
 そして抵抗の暇も与えないまま、極上の低音で囁きかけてやった。
「なんなら、俺が誘ってやろうか?」
 案の定、司は石化した。
 その瞬間だけは、怒りも警戒心も忘れていたに違いない。
 その後、みるみるうちに面白いほど赤くなり、なぜか八つ当たり気味(としか思えない)の一発を俺の顎にお見舞いしてきた。
「い……い……」
「い?」
 まだ言語中枢を完全には回復させていないらしい司の発言をじっと待つ。
「息を吹きかけんじゃねーー!」
 どうやら、耳に効いたらしい。
 思わずにやりと笑う。
 暴れる司の勢いを利用し、そのままくるりと身体を半回転させてやった。
「!?」
 俺の胸板に背中を預ける形になった司が驚いているのがわかる。
 俺は左手で司の両目を塞ぎ、右手で細いウエストを抱き寄せて動きを封じた上で、目の前の白いうなじに吸い付くようなキスをした。
 少しひんやりとした、なめらかで弾力のある感触が唇を通して伝わってくる。
 びくん、と小さく跳ねるような司の反応に、俺は満足して笑みを深めた。





りうぢの逆襲……?

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