華五題


2. 掻き抱いた言わぬ色





 竜二ーー!!」
 汗を拭きながら司が駆け寄ってくる。
 見たか俺の華麗なシュート!! 今のところ俺のチームが全勝だぜ」
 かに頬を上気させ、軽く肩で息をしながら司は早口に語る。
 見ているこちらにまで伝わるほど、実に楽しそうな活き活きとした表情だ。
 勝ったのがよほどうれしいのか、にっこりと竜二に笑いかけてくる。
――ここが学校でなければ、間違いなく押し倒しているんだが。
 などと、健全なスポーツの最中にあるまじき不届きな考えが竜二の脳裏を掠めた。
 司の言うことに耳を傾けつつ、その顔からも目を逸らさない竜二は、授業終了のベルを聞くといきなり司の腕を取って有無を言わさず歩き始めた。


「竜二? おい、どこ行くんだ!」
 竜二はずんずんと歩く。
「おーい、りうぢくん? 着替えないのかー?」
 それでも竜二が応えないので、司もだんだん機嫌を損ねてきた。
「竜二! いいかげんにしろ!」
 そう言ってこれまでなすがままだった腕を払いのけた。
 ふと、竜二が振り返る。
「?」


 そこは体育館の裏だった。
 夏らしいむせ返るような陽気だ。
 ただそこにいるだけで、じんわりと肌に汗が浮かぶ。
 聞こえるはずの喧騒をどこか遠くに感じた。
 妙に間延びした一瞬。


――そして。


「竜二?」
 司はすでに何度呼んだか知れないその名を少しとまどうように口にした。
 いつの間にか体育館の壁際を背に、竜二を見上げる姿勢になっている。
――ああ、こいつ、結構きれいな目をしてるんだよな。
 他の人間には無機質な色か、もしくは震え上がるような恐ろしい色しか映さない竜二の目は、司の前では優しく瞬くことを司だけが知っている。
 竜二の両手が司の頭を挟んで壁につけられる。
 体育館の壁と竜二の腕に閉じ込められた司が、なんだか近いな、と思った瞬間だった。
 柔らかいものが唇に押し当てられた。
 その感触はこれ以上ないくらいに優しいのに、キスは息つく暇もないほど深い。


 一瞬。ほんの一瞬だけ。
 司は目を閉じて竜二を受け入れようとして……我に返った。
(ちょっと待て! ここは学校だ――!)
 実に簡単な事実に気がつき、結果、司は竜二の胸ぐらを掴んでその顔を離した。
「っ……お前、何がしたいんだ……」
 顔を耳まで真っ赤にしたまま、司が竜二を睨みながら詰問した。
 竜二は小首をかしげて、なぜそんなわかりきっていることを聞くのかという顔をする。
 ついでにキスを遮られたために若干機嫌が下降気味だ。
 わずかな表情だけで竜二のそんな内心を(不本意ながら)感じ取った司は脱力しそうになるのをなんとか回避した。
「あのなっ」
「なんだ?」
「その、あー……なんつーか……まあ、あれだ」
「?」
 司は自分から話をふっておきながら中々本題を口にしない。
 竜二がぴくりと眉を動かす。
 司はうんうんと唸りながら、ますます赤くなる顔を片手で隠すようにしながらやっと声をしぼりだした。
「だからっ! キスされるのは別に嫌じゃないけど、学校でとかはやめてくれ!」
 どうしてこんなはずかしいことを言わなけりゃならんのだ、と内心思いながらも、これをしっかり言い聞かせなければ竜二はいつどこで襲ってくるかわからない。
 目を逸らし、早口で叫ぶように言い切った後、司は竜二が止める間もなくその場から走り去った。
 本気の司のスピードには、さすがの竜二も追いつけない。
 取り残され司の言動に一瞬固まってしまった竜二は、さっきまでそこにいたはずの温もりを思い出しながら、次にくすくすと笑い始めた。
   珍しく邪気のない笑いは、だんだんと竜二の腹を締め付ける。
 が、体育館の裏で独り腹をかかえて笑い転げるなどという醜態は晒せない。
 必至で声を押し殺しつつ、肩を震わせる竜二は、壁に背を預けてずるずると座り込んだ。
 ふと、空を仰ぐ。
 先ほどの司の顔が思い浮かんだ。
 これ以上ないくらい恥ずかしそうに何を言い始めるかと思えば。
(つまり、場所さえ選べばいいという許可を得たということか)
 司は決してそんなことが言いたかったのではないと思うが、この際都合よく解釈させてもらうことにする。
 使える言質はしっかり取っておかねば。
 きらきらとした大きな眼で笑いかけられながら自らの活躍を誇らしげに語る司を見て、むくむくと湧いてきた欲望に忠実に、竜二は司を連れ出した。
 そのまま場の流れで唇を奪い、てっきり司は腹を立てると思っていたのだが。
 あんなかわいい顔で、あんなことを言われてしまえば、司への想いはますます止められなくなってしまうではないか。
――さて、今夜はどうしてくれよう。
 学校で堂々と煙草に火をつけながら、竜二は楽しげに思いを巡らせ始めた。





りうぢは学校だろうとどこだろうと己の衝動に忠実です(笑)
それに慣れてきている司。その抵抗がまた竜二にはぐっとくるみたいですねw

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