華五題
4. 棘を失くした薔薇の運命
「司、おいで」
「…な、なんだその犬や猫にするような呼び方は!」
一瞬の間を置くも、司は即座に切り返した。
就寝前の寝室でのやりとり。
竜二の甘い声音に気づいていないはずはないのに、妙に上ずった声で少々ズレた返事を返す司に竜二は目元を緩ませた。
――ずっと変わらない、この初々しさ。
赤く染まった顔を隠すためにそっぽを向いている様も、羞恥を払うために怒ったようなフリをしている様も、実に司らしくてついでに言うと目にも楽しい。
――そういえば、はじめの頃は、頬を桜色に染めながら全身を硬直させていたな。
ふと付き合い始めた当初の時期の司を思い出して、竜二は再びくすりと笑った。
はじめの頃、といってもそれほど昔のことではない。
せいぜい数ヶ月前のことだ。
互いの気持ちを知って間もない頃。
竜二が司を抱き寄せるたび、その唇を奪うたび、司は無意識に身体を強張らせていた。
それに気づいたとき、もしや嫌がっているのかとまず思った。
が、意に沿わぬことをただ受け入れるのを是とするほど、司の気性は穏やかではない。
影では伝説の闘神再来とまで囁かれる司だ。
嫌なことがあれば、たとえ相手が竜二であっても(むしろ竜二が相手なら手加減なしに)、力ずくで状況を変えるだろう。
抱きしめるとおずおずと背中に回してくる腕がある。
キスを迫ると自然と閉じる瞼がある。
服を脱がそうとすると……さすがにイロイロと抵抗するが……。
良く考えなくともわかることだった。
これまで男として生活し、今もそのスタイルを貫く司が、『女』として扱われるのに慣れているはずがない。
緊張と、恥ずかしさのために身体が硬直するのだと気づいたときの、竜二の気持ちを司はきっと想像すらできないにちがいない。
つまりは、司はこれまで竜二以外の男に『女』としての扱いを許したことはないわけで。
好きな相手が緊張しながらも受け入れようとしてくれているとわかって、喜ばない男がいたらお目にかかりたい。
司は今では、以前よりも自然に竜二を受け止めるようになった。
しかしそのことが逆に、司に冒頭のような態度を取らせている。
素直に竜二を受け入れる自分がなぜか無性に恥ずかしいのだ。
『おいで』と言われればうれしいし、傍にいると安堵する。
普段は決して口にも態度にも出さないが(いや、きっと出していないはずだ…)、時々は竜二に甘えてみたくもなるのが女心というものだ。
竜二は司が照れまくるのをわかっていて甘い言葉を囁くから、司としてはもう身の置き場もない。
それに、なんだ、その緩んだツラは!
ええい、そんな目で微笑みかけるんじゃねー!
と、頭の中で何とか理性を保とうとするが、結局真っ白になっていつの間にか竜二の腕に囚われるのはいつものこと。
気がつけば逞しい腕が司を抱き上げ、問答無用でベッドへと連れ去る。
そのまま朝まで決して放してもらいないのもいつものことだ。
なぜか今夜はいつも以上に機嫌が良さそうだと司は内心首を傾げるが、別に悪いことではないので対して追求もせず。
隣で横になった男の苦悩など知らぬ風で、司はどこより安全で何より心地よい腕の中であっとい間に眠りに落ちてゆくのだった。
一方竜二はといえば、これだけ破壊的な可愛さを見せる司を腕に閉じこめてもなお働く己の理性に自画自賛したい気分だった。
柔らかな髪から香る石鹸の香りも、勢い良く押し返すような張りを持つ瑞々しい肌も、下から覗き込むようにこちらを見つめる双眸も、すべては竜二への試練である。
そういう点では実に我慢強い竜二は、その夜もしっかり司の感触を堪能しつつ、それでも健全に『添い寝』するだけで終わらせるという偉業を達成した。
理性への限界に毎晩挑戦しながら、それでもこうして寝るのが一番落ち着くのだと竜二は知っている。
それに、野生動物のような司を手懐けられただけでも竜二にとっては感慨深いものがあるのだ。
その牙も爪も、決して折ってしまおうとは思わない。
稀に見る高い戦闘力はそのままに、竜二の隣にいるときのみそれをしまってくれるようになればそれでいい。
(少々、棘があるくらいのほうが愉しみもあるというものだ)
腕の中ですやすやと寝息を立てる司を見やり、竜二は満足そうに笑みを浮かべた。
なんて恥ずかしい二人(笑)微笑ましいですね〜(まあ、りうぢは不憫ですけど)
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