攻め気味な20のお題





 破裂しそうな心臓を宥める。
 真っ赤に火照った顔を鎮める。
 そんな努力は、まったく無駄に終わるけど。



3. 焦らす時間





 キングサイズの白いベッドの上には、規則正しく上下に動くふくらみがある。
 毛布の端からは、朝来の髪に顔をうずめるようにして眠る宗像の横顔が覗く。
 朝来を後ろから抱きしめるようにして眠っていた宗像は、窓から差し込む陽の光に眉を寄せつつ目を覚ました。
 宗像は腕の中の少女が健やかな寝息を立てていることに笑みを深め、  その柔らかい感触を確かめるように、しかし起こさない程度に一度朝来をきつく抱きしめた。
 朝来は目を覚ましはしないものの、締め付けられた苦しさから逃れるように身をよじった。
 その動きを阻害することなく、というより見事に利用して、宗像は朝来の身体の向きを変えさせる。
 すぐに深夜に目を覚ましたときと同じ体勢――つまり向かい合わせに抱きしめる形になる。
 それからベッドに片肘をついて上体を起こした宗像は、自分の胸のすぐ前で眠る朝来に手を伸ばした。

 柔らかい綿菓子のような髪を指で梳き、毛先をくるくると玩ぶ。
 桃色に上気した張りのある頬を手の平で覆い、そのまま親指で目元を何度もなぞる。
 頭の後ろに手を入れてわずかに引き寄せ、小さな額に、閉じた瞼に、そして薄く開いた唇に、ゆっくりと味わうようなキスを落とす。

 いつもはこのキスのあたりでさすがに朝来も目を覚まし、真っ赤になって怒るのだが、今朝は眠りが深くまだ目覚める様子はない。
「おい、起きなくていいのか?」
 宗像はこれ以上ないくらいに愉しそうな様子で、朝来の耳元に囁きかけた。
 囁きかけるが、もちろん起こすつもりはこれっぽっちもない。
「どうなっても知らないぜ?」
 その言葉通り、宗像の行為はますます大胆になっていった。

 囁く唇はそのまま耳朶へと接近し、ぷっくりとしたそれを甘く噛む。
 そのまま首筋の線をたどるように唇を移動させ、鎖骨の辺りに軽く吸い付く。
 そして今度は首筋から耳元までのラインをなぞりあげるように舌を這わせた。

 朝来の身体が宗像の愛撫に無意識の内に反応する。
 この段階になってようやく朝来は目を開けた。
「な、何をしてるのよ!!」
 起き抜けにもかかわらず、朝来は自分の肩に顔をうずめる不埒な男に怒声を浴びせた。
 もちろん、それくらいで動揺するような可愛げや殊勝さというものをこの男にが持ち合わせているはずがない。
 真っ赤な顔で睨んでも可愛いだけだ、とは内心だけで留める。
 まったく悪びれた様子のない男は肩をすくめて至極残念そうに呟いたものだ。
「惜しかったな。もう少しでいいところだったのに」
「全然よくないわよ!!」
「そうか? そうなったらお前もいい思いをするはず……」
「朝から一体何を言ってるのよ!!」
 皆まで言わせず朝来が叫んだ。
「と、とにかく!! いつもいつも勝手に私に触らないで!!」
「なんでだ」
 一瞬朝来は言葉に詰まった。
 偉そうにふんぞりかえって理由を問う宗像の態度に突っ込むことも忘れていた。
 理由はと聞かれれば朝からどきどきしすぎて心臓がもたないからだ。決して宗像に触れられるのが嫌なわけではない。
 だが、そんなことを素直に言えるはずもなく。
「め、迷惑だからに決まってるでしょう!!」
 思わず言ってしまってから、「違う!!」と内心で自分を罵倒した。
「ほぉ……。そぅら、失敬。そんなに嫌だったとは知らなかったんでね」
 淡々とした声がなぜかひどく冷たく聞こえて、朝来は宗像の顔から目を逸らした。
 何か言わなきゃと焦る朝来に触れることもなく、宗像はそれまでの甘い雰囲気をきれいに消して何も言わずにベッドから這い出る。
 突然消えたぬくもりにショックを受けたことに、朝来は軽く衝撃を受けた。
(私ってば、何考えてるのかしら……)
 宗像の熱烈なスキンシップは朝来にとって迷惑であることは間違いないはずなのに、いざ何もされないと不満に思っている自分がいる。
(何よ。そりゃ、「迷惑」って言い方はまずかったとは思うけど、それくらいで怒って出て行くことないじゃない)
 それは逆に言えば、「傍にいて欲しい」ということで、「物足りない」ということなのだが、本人は明確に自覚していない。
 宗像のはた迷惑なくらいの強引さにいつのまにか慣れてしまっている朝来は、自分から距離を縮めるという経験をあまりしたことがなかった。
 だから午前中ずっと宗像が適度な距離を取って自分に接してくることに苛々しても、どうすればいいのか分からなかった。

 朝食を食べ終えて一人悶々と考え込む朝来の背後から、ぬっと長い腕が伸びる。
「ほれ」
 そう言って宗像はソファに座っている朝来の前にカップを置いた。  白いカップにコーヒーが入れられ、ソーサーには砂糖とミルクが添えてあった。
「あ、ありがと」
「あぁ」
 短い受け答えの後、朝来の隣が空いているにもかかわらず、宗像は向かい側に腰を下ろす。
 わざわざコーヒーを入れてくれて、自分は使わないはずの砂糖やミルクまで用意してくれるという気遣いを見せながら、  一方でこうしてわざとらしく距離を置く。
 その行為がなぜか癪に障って、朝来は唸るように口を開いた。
「怒ってるの?」
「……怒ってるのはお前だろうに」
 平然と返されて、朝来が思わずうっと詰まる。
「だって、何かさっきからよそよそしいじゃないの!!」
「……お前が言ったんじゃねえか」
「……」
「触って欲しくないんだろう? 傍にいたら触りたくなるからわざわざ距離を取ってるんじゃねえか」
 宗像は心外だとでもいうように淡々と述べた。
 確かにその通りだった。その通りなのだが、それで朝来が納得できるかどうかは別問題だ。
「言ったけど!! あれは寝ているときに、その……ああいうことをするからで……!!」
「でも触られたくはないんだろう」
 話が進まないことに、とうとう朝来が耐え切れなくなった。
「――っっっ違うわよ!! ほんと、融通の利かない男ね!! 何も常に離れていろなんて言ってないでしょう!!」
「ほぉう……」
 ここで宗像の眼がきらりと光った。
「な、何よ」
 先ほどまでのよそよそしさは幻だったのではないかと疑ってしまいそうなほど、今の宗像は愉しそうだ。
「ふーん。なるほどね」
 そんなことを呟きながら、一度立ち上がりすたすたと歩いて朝来の隣に腰を下ろす。
 今度は一転、朝来にぴたりと密着し肩を抱くような姿勢で眼の高さを合わせた宗像は、ふっと笑って囁いた。

「寂しかったか?」

 朝来が耳まで赤くなって何か反論しようとしたが、宗像の方が早い。
 細い顎に手を掛けて軽くこちらを向かせるように捻り、お預けだった「朝のキス」を存分にお見舞いする。
「―-っふ、…ん……」
 くらくらするような口付けにほとんど思考能力を奪われる。
 無意識の内に拙く応えようとする朝来に、宗像はますます深く口内への侵入を繰り返した。

 気がつくと、朝来はソファの上に押し倒される形になっていた。
「えっ……な…ちょっと」
 焦る朝来の額に唇を寄せ、宗像は(残念ではあるが)身体を起こした。
 全身の力が抜けてしまっている朝来を座らせ、自分もその隣に腰を下ろす。朝来の髪に指を差し込みながら口を開いた。
「焦れたお前もなかなかいいな」
 とても無邪気に言われたものだから、朝来には一瞬意味がわからなかった。
「つまり起きているときに堂々と触れば問題ないわけだ」
 宗像は独り納得しながら続ける。
「お前から俺を欲しがるなら、また焦らすのもいいけどな」
 そんなことを言いながら、寝ているときは寝ているときで起こさなければ問題ないと考えていることは、朝来には内緒だ。

――確かに、よそよそしさはなくなった。
 しかし代わりに宗像の行為に自らお墨付きを与えてしまったような気がして、朝来は頭を抱えた。
(まあいいか……)
 わざと距離を置かれるよりはずっといい。
 そんなことを考える自分は相当イカれていると思うけれど。
 先ほどまでの苛々はすっかり消え失せ、すぐそばのぬくもりに安堵を覚えるんだから、仕方がない。
 そっと、できるだけ自然に見えるように、朝来は宗像の肩に寄りかかった。





そして朝の攻防は宗像優勢のまま続く……

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