攻め気味な20のお題





 『一人でろくに手も拭けねーのか?』

あれは、確かに失言だったな……。
宗像は苦笑するように微かに口元を歪めた。




5. 意地が悪くてごめん





橋の下の道の真ん中でなぜかうずくまる奴を見つけて声を掛けた。
無言で振り向いたそいつを見てパトカーに誘い込んだのは、警官としての責任感などではなかった。
相手が女だったからというのはまず必要な要素だ。
男ならもちろん捨て置く。

その少女――おそらく十代半ばにもなっていない――がこちらに向けた視線には驚くほど感情がなかった。
一発で自殺願望者だとわかったが、その眼が気に入った。
それは生きることの苦行も知らずにへらへら笑っている反吐が出るようなそこらの奴らとはまったく違った。
見た目はまだあどけないといって差し支えないような少女が身に纏う切りつけるうような空気は、己の苦しみを完全に覆い隠すための鎧だった。
他人には想像もできないが、この少女がいつも苦しみもがき、それでも一人で立ち上がろうとしていただろうことは、その眼を見ればすぐにわかる。

よけいなお世話だということは百も承知で。
俺はおそらく少女が誰にも悟らせないように心の奥に隠してしまっただろう本当の気持ちを暴いてやった。

触れれば切れる刃物のような雰囲気はその瞬間に瓦解した。
大きな二つの瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がとめどなく溢れた。
堰を切ったように、その感情ごと吐き出すように、それでも声を極力殺して泣くその様子は、あまりに無防備で。
きっと人前でこんな風に感情を曝け出したのは初めてなんだろうと思うと、なぜかぞくりとした。

その後のチンピラとのちょっとした銃撃戦はある意味見物だった。
俺ですら唖然とするほどの銃――護身銃などではなく、本物の銃――の腕前を披露した少女は、そんな物騒なものを手にしたまま、心の底からうれしそうに微笑んだ。
出会った時とのあまりの差に、思わずまじまじと見つめてしまったが、あんな顔も思えば中々珍しいのではないかと思う。
やはり背筋がぞくりとする。


――そして彼女を絡め取った。


いや、絡め取られたのはどちらが先か。
(どっちでもいいか。結果は同じだ)
ふふん、と満足げな笑みを湛えた宗像は、耳の奥で誰かの声を聞いた。

「――っと!! ちょっと!!」
うっすらと瞼を持ち上げると、そこにはあの橋の下の時と同じ、しかし湛える色はもっと穏やかになった黒い双眸があった。
「あ。やっと起きた」
そういう少女はこちらを見下ろすような体勢になっている。
取り戻した意識を全身の感覚に向けると、今自分が朝来の膝を枕にしてソファで眠っていることがわかった。
「なかなか良い枕だから、もう少し眠るか」
「バカ!! こっちは足が痺れてちっとも気持ちよくないわよ」
からかうような宗像の言葉に、間髪いれずに朝来が突っ込む。
そうやって怒っている表情は、活き活きとしていて朝来らしい。
宗像が思わずからかったり、意地の悪いことをしたりするのは、こういう朝来を見たいからだ。
予想通りの反応を返す朝来が、さらに宗像を満足させる。

宗像は寝転んだ体勢のまま腕を朝来の頬に伸ばした。
びっくりしたように朝来の両目が開かれる。

強く、脆く、深い色を湛えた瞳だ。
生きる辛さを知り、生きたいという強い願望も備えた綺麗な眼だと宗像は思う。

親指で、ゆっくりと唇をなぞった。

その仕草が妙に艶かしくて、朝来が頬を染める。
それでも逸らさない眼に、恥じらいと同時に期待という感情がよぎったことを、宗像は見逃さない。

「キスするぞ」

してもいいか、という問いかけでない点が宗像らしい。
しかし、いつもならそんな確認すらもしない男がこうして一応断りを入れてきたことに朝来は心底驚いた。
宗像は、驚愕のあまり無防備な状態で固まった朝来にふっと笑いかけ、ゆっくりとその顔を自分へと近付けさせた。


まるで初めて交わした時のようにぎこちない口付けは、宗像の芯を震わせた。
ぞくりとする、あの感覚。
やはり先に絡め取られたのは自分の方かもしれないと、頭の隅でちらりと思った。





膝枕でお昼寝。
宗像にはあんまり似合わないな……逆にすべきだったかも(笑)

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