攻め気味な20のお題





「あ、あの……!!」
「ん。なんだ?」
「……なんでもないわ」




8. 繋いだ手と結んだ身体





 同じ会話を何度繰り返しただろうか。


 買い物を終え、レストランで夕食を済ませた朝来たちはそのまま帰路に着き、今は再び宗像のマンションのリビングでくつろいでいる。
 しかし、なぜか朝来は着替えていた。
 部屋着に、ではない。
 今日の買い物で宗像に選んでもらい、ついでに買ってもらった黒いワンピースだ。
 宗像はマンションに帰ってくるなり、突然ワンピースを着てみろと朝来に言った。
 一度試着しているからぴったりなのは分かっているはずなのに、笑顔で若干強引にもう一度着るように促された朝来は、不審に思いながらも買ってもらった手前あまり  文句も言えず、素直に着替えたのだった。


「着たわよ」
 寝室で着替えた朝来は、リビングで待っていた宗像のもとへと姿を見せた。
 宗像の目がすっと細められる。


 シンプルなワンピースだった。
 V字型の胸元はパールとストーンのステッチで縁取られ、Aラインの裾には控えめなフリルが施されている。
 滑らかな光沢が美しい黒いサテンが、細い身体の線に沿って流れている。
 決して子どもっぽい印象は受けない。
 かといって背伸びをしすぎているようでもない。
 上品な黒と愛らしいデザインが、蕾が綻ぶ直前のような瑞々しい魅力を上手く引き出している。


 朝来は急に恥ずかしくなって目を伏せた。
(なんか、ものすごく見られている気がする……)
 もちろん、見せて欲しいと言われたから着替えたのだが、それにしても見つめすぎではないだろうか。
 目を合わせていないのに、宗像の視線を全身で感じる。
 朝来は次第に大きくなる鼓動を感じながらも、現在の状態から脱する方法を考えあぐねていた。
 と、その時。
「やっぱり、俺の目は確かだな」
 満足げに微笑みながら、宗像が言った。
「――何が?」
 思わず顔を上げて朝来が訊ねる。
「良く似合ってるぜ」
 瞬間、朝来の頬が真っ赤に染まった。
 普段は険しく凶悪な顔がふっと緩み、低くそれでいて暖かい声が耳朶を打つのだ。
 いちいち照れていては身が持たないことを分かっていても、それを実行するのは至難の業だった。


「も、もういいでしょ。着替えるわよ」
 居たたまれなくなった朝来がくるりと背を向けた瞬間。
 いつの間にか距離を詰めていた宗像に、後ろからふわりと抱きしめられた。
 それどころか、宗像は朝来の背中に唇を這わせた。
「――っ!!」
 朝来の意志に関わらず、身体がびくんと反応する。
 背中がざっくり開いたデザインのワンピースは、朝来の綺麗な身体のラインを否応なく際立たせている。
(やばいな)
 自分から不埒なことをしておきながら、朝来の滑らかな肌の感触を唇で確かめた宗像は、自分の内に沸き起こる少々やっかいな衝動をもてあましていた。
 唇で背中の線をなぞり、敏感な部分を探し当てて不意に吸い付く。
「あっ! やっ!……っ」
 朝来の吐息とも喘ぎとも聞こえる声が、ますます宗像を凶悪な気分にさせた。
「え? ええ?」
 突然くるりと向きを変えられた朝来が声を上げる。
 宗像はこちらを向かせた朝来を壁に押し付け、その両手に自分の指を絡めて朝来の頭上へと持っていった。


 普段と異なる荒々しいやり方に、朝来は驚いて固まっている。
 そんな反応を楽しみながら、宗像は朝来の両手を封じたままその無防備な唇を奪った。

(食べられる――!!)

 冗談のようだが本当に一瞬そう感じてしまうほどの激しいキスに、朝来は酔った。


 くらくらする。
 頭の奥が痺れて全身に電流が奔る。
 苦しいのに甘い。


「――――」


 甘い奔流に呑み込まれながら感じた自分の望みを、冷静に考える余裕は、今の朝来にはなかった。





猛獣宗像。ついに始動……か?

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