――お前も待ってる間、俺のことしか考えなくなればいい」
……”お前も”って。
　先ほどの宗像の台詞が朝来の頭の中を何度も駆け巡る。
　つまり、アイツも私のことしか考えてないってこと――？

13.　「Yes以外の言葉を言ったらどうなるかわかってんだろうな？」

　仕事の呼び出しにしぶしぶだが応じた宗像が、風のように部屋を後にしてからずっと、朝来はベッドの上でぐるぐると考えを巡らせていた。
　いや、そんな大そうなものではない。
　ただ単に宗像が普段どういう風に朝来を思っているのかを垣間見ることができ、それがうれしくて何度も反芻しているだけだ。
　自然に笑顔が浮かんだ今の朝来を宗像が目にしたら、問答無用で寝室に連れ込んでいること請け合いだ。
　もっとも、すでに朝来は宗像の寝室のベッドの上にいるのだから、連れ込む必要もないのだが。
　朝来は一通り物思いにふけると、ふと思い立って傍らの携帯を手に取りメールを作り始めた。


　不運だったのは、仕事とはいえタイミング悪く宗像に連絡を入れなければならなかったアキラだろう。
（う〜わぁ……機嫌悪いなぁ）
　慣れているアキラすらそう思わず独白するほど、駆けつけた宗像は怖かった。
　百戦錬磨のGRAVEの男たちが思わず息を呑むほどだ。
　この男を相手にするくらいなら凶悪犯を追いつめることなど簡単に思えてくるから不思議だ。
　一通り主任からの説明を聞くと、各自で準備を済ませ、それぞれの配置につく。
　例のごとく宗像とコンビを組まされたアキラは、すでに準備を済ませている宗像に声をかけようとして……固まった。


（ど、どうしよう……なんて声を掛けづらいオーラなんだ）
　なんと、出勤したときはあれほど不機嫌オーラを撒き散らしていた男が、携帯の端末に向けて何ともいえない甘い微笑を向けている。
　思わず困り果てて周りを見渡すと、どうやら宗像のただならぬ様子に気づいているのは他にも何人かいるようだ。
　ただ、彼らは『触らぬ神に祟りなし』という格言を忠実に守る人種らしい。
　そのうちの何人かなど、アキラに目配せして『何とかしろ』と訴えかけている。
（なぜ俺ばかりがこんな役割に……）
　確かこれから凶悪犯を確保するために出動するはずだが、そんなものは今この場で宗像に声をかけることに比べたらなんと楽なことだろうと思えてしまう。
　それでも元来お人よしのアキラは結局宗像に声をかけるべく足を踏み出した。


　主任から説明を受けたすぐあとのことだ。
　宗像は胸ポケットに入れた携帯が震えているのに気がつき、メールが届いたことを知った。
　何気なく内容を確認しようとして、送信元が『朝来』であることに思わず目元が緩んだ。


　年頃の少女のメールにしてはあまりに簡潔すぎる気もしたが、あの朝来から宗像に対するメールだと考えるとこんなもんだろう。
　おそらく最後の一行が言いたかったに違いないと宗像はひと目で看破する。
　その一言が言いたいだけなのに、直前に憎まれ口を叩いてしまうところがまた可愛い。
　こうなったら何が何でも犯人確保を速攻で行わねばなるまい。
　可愛い朝来のメール一つでやる気が沸くとは、俺も存外かわいい性格だ、と宗像は勝手に自己評価を下す。
　幸か不幸か、それは独白であったために突っ込むものは誰もいなかった。
――そんな宗像も気づいていない。
　自分がメールを読むときに恐ろしく甘い顔をしていたことに。
　それを目撃したGRAVEの男たちが見てはいけないものを見てしまったようにぎこちなく動くのを。


　宗像はいそいそと返信を打った。


　半ば脅迫めいた文章だが、宗像は躊躇うことなく送信する。
　受け取った朝来の反応を想像すると楽しい。
　まずは真っ赤になって怒り、それでも律儀にどうすればいいのかを絶対に考え始めるはずだ。
　宗像としては、労いはあってもなくても別に変わりはない。
　あればそれを堪能するだけだし、なければこちらからおしおきと称して朝来を押し倒せばいい話だ。
　ある意味酷いことを当然のごとく考える宗像はすっかり機嫌が直っていた。


「さて。さっさと終わらすか」
　近づいてきたアキラと打ち合わせをし、犯人確保に動き出す。
　いつもの宗像に戻ったことにアキラはほっと胸をなでおろしつつ、できれば今日みたいな心臓に悪い宗像は見たくないと心の底から思った。
　その日の任務は宗像の見事な手際で予定より大幅に早く片が着いた。
　その理由が年端も行かない少女だと、知っているのは幸運にもGRAVEにはいなかった。

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朝来さんの一言で仕事に奮起する宗像氏。
彼にもかわいいところはあるんです。たぶん。

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