攻め気味な20のお題





 さて、どうやって可愛がってやろう。
 不敵に、しかし実に愉しそうに、宗像は家路についた。




14. 「そんなに言うなら実力行使だ」





「……」
 ドアの前でカードキーを通し、扉をガチャリと開ける。
 しかし、部屋の中に彼の望む存在はいなかった。
 明かりは一応ついている。
 しかし明らかに人の気配がない。
 さらに確定的なことに、朝来の靴がない。
 時刻はすでに23時を回っている。
 宗像の表情がすっと引き締まった。
 無言のまま携帯を開き、求める番号を呼び出そうとしたその時――。


「――あ、あれ!? もう帰ってたの?」
 宗像のすぐ後ろで朝来が驚いたように立っていた。
 手にはビニール袋を提げ、ミニスカートとTシャツにサンダルといった、可愛らしいことに関しては何の文句もないが、しかし 今このときに限っては宗像の機嫌を損ねるに十分な格好で。


「……どこに行っていたんだ?」
 低い、抑揚のない声で宗像が問う。
 その剣幕に思わず朝来が後ずさった。
「こら、逃げるな」
 そう言って、宗像は朝来の細い腕と腰を引き寄せ、あっという間に肩に担ぎ上げて部屋の中へと入っていった。


 いつもなら降ろせやめろと騒ぎまくる朝来も、有無を言わさぬ宗像の剣幕に押されて大人しくしている。
 というより、あまりに突然のことに固まっているといった方が正しいかもしれない。
 宗像は朝来のサンダルを器用に脱がせ、そのまま寝室へと進み、ベッド脇に朝来をすとんと降ろした。
 ――束の間の沈黙。
 その重苦しい空気に耐えられなくなったのは朝来のほうだった。
「……えーっと、お、怒ってる?」
 怖々と宗像を見上げる朝来はたいそう可愛らしく、かつある意味凶悪だ。
 抱きしめたくなる衝動をぐっとこらえて、宗像は片眉を器用にぴくりと上げた。
「今何時だ?」
「今、今は……11時20分……?」
「そうだ。で、そんな時間にどこに行ってたんだ?」
「ちょ、ちょっとそこのコンビニまで……」
「そんなもん、言ってくれたら俺が帰りに買ってきてやる」
「あ、でも……あんた仕事だったし」
「そんなもん、すぐに終わった」
「……」
「俺がなんで怒ってるかわかってんのか?」
「……夜中に出歩いたりしたから?」
「半分正解だな」
「?」
「あとの半分は」
 そこで、宗像はふぅーっとそれはそれは深い溜息をついた。
 訝る朝来にずずいっと顔を近づける。
「その格好、凶悪すぎるぞ」
「は?」
 一瞬、何を言われたのか分からなくなった朝来が間抜けな声を出す。
 宗像は朝来の耳元で、さらに囁く。
「この脚。こんなもん目の前に出されて、触らずにいるなんて男じゃないぞ」
 そう言って、まるで当然だとでも言うように宗像は朝来の太ももを撫でた。
「ひゃぁっ!」
 ひんやりとした感触に朝来が小さく悲鳴を上げた。
 ぞくり、と。
 背筋を伝うその感覚を、朝来はもう知っている。
 無意識に、吐息の合間に声が洩れた。


 ぺちん。
 不意におでこに走った痛みに、朝来は我に返った。
「ほれ見ろ。危険だろうが。太もも撫でただけで意識とばしてたんじゃ、狼に喰われっぱなしじゃねーか」
 朝来にデコピンをかました宗像がなぜか得意げにふんぞりかえって言うものだから、朝来も次第に冷静さを取り戻し始めた。
「――っ、一番の狼はあんたでしょー!!」
 言いざま、脇にあった枕をつかんで宗像に向かって放り投げる。
 それを軽々とよけた宗像にはすでに先ほどまでの不機嫌な空気はない。
 その代わりに、少し困ったような表情で朝来の頭をぽんぽんと叩いた。
「とにかく、その綺麗な脚を見せるなら、せめて俺が傍にいるときだけにしてくれ」
 ぽんっと朝来の顔が赤くなった。
 そして電光石火の勢いで俯いた。
(な、なんか、なんか、ものすごく恥ずかしいんですけど!!)


(まったく、これだから放っておけない。)
 己の破壊的な可愛らしさをイマイチ理解していない朝来に、宗像が内心でそう独白する。
 無自覚なのもからかいがいがあって良いが、あまり心配させられすぎるのも困る。
 さてどうしたもんかと宗像が悩むそばで、朝来は赤面したままぐるぐると思考をめぐらせていた。


 朝来は思う。
 いったい、今私は怒られてるのか褒められてるのか。
 考えれば考えるほどよくわからなくなってくる。
 だが、ふと思いつく。
(ああ、そうか。心配をかけちゃったのよね)
 朝来としてはその辺の暴漢の一人や二人、胸に潜ませた銃一つで一瞬の内に無力化できると自負しているから  夜中にすぐ近くのコンビニに行くくらいは平気なのだが、それでも目の前の男は心配するのだ。
 それがわかるとなんだか妙に心が落ち着いた。
(ええと、ここはたぶん私が謝るところよね)
 内心で自分自身に確認し、未だに目の前で仁王立ちでいる宗像をじっと見上げた。
「なんだ?」
 今度は宗像が訝る番だった。
 朝来はふわりと微笑んだ。
「心配かけて悪かったわ。でも、私そんなにやわじゃないわよ。知ってるでしょ」
 にっと自信ありげに笑う朝来に宗像が目を見開く。
 だが、じゃあ、この話はこれでおしまいとでも言いたげな朝来に、宗像はがっくりと肩を落とした。
「お前、全然俺の話を聞いてないな?」
「なによ、だからちゃんと謝ってるじゃないの」
「……」
 全然わかってない。
 朝来が並みの銃の腕前じゃないことも、男顔負けの度胸をもっていることも知っている。
 だが、そういうことではないのだ。
 言ってみれば、朝来がたとえ無敵であっても、心配する気持ちがなくなるわけでなはいのだ。
(さて、どうしたもんか)
 目の前の勇敢な少女に、これを分からせるのはなかなかに困難なことのような気がしてきた。
 ――が。
 不満も露わな宗像の顔が、何かを思いついたように目を見開き、ついでニヤリと口の端を吊り上げた。
 朝来の直感がマズイと告げる。
 しかし今さら逃げられるはずもなく。
 低くて心地の良い声が、朝来の耳朶を震わせた。
「ところでメール、見たか?」
「見た、けど」
「ほぉう。じゃ、何て書いてあったか覚えてるな?」
「……」
 朝来が沈黙したことに、宗像は笑みを深める。
「Yes以外の言葉は受け付けないぞ」
「お、横暴よ!」
 精一杯の朝来の反論を宗像はいとも簡単に封じる。
 重ねた唇を一瞬だけ離し、唇が触れるか触れないかの距離で強く甘く言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「やっぱりあんたには実力行使が一番みたいだな、朝来」
(今名前呼ぶのは反則でしょーーーー!)
 朝来の心の叫びは再び宗像に強制的に封じられた。
 言っても分からないやつには身体で覚えさせる。
 ベッドに沈まされた朝来が、頭の隅で、いつかは宗像をベッドに沈めてやろうとある意味恐ろしいことを決意していることまでは、さすがの宗像も  想像できなかった。


 そして二人の攻防は続く――。





心配をかけて宗像を振り回す朝来さん。
天然小悪魔ですかねw

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