攻め気味な20のお題





 後悔とは、後で悔やむから後悔という。
 とはいえ、悔やまずにはいられないときもやっぱりままあることである。
 状況によっては、開き直るのもまた難しい。




18. 「阿呆には優しく出来ねぇな」





 朝来は追い詰められていた。
 身体的にも、精神的にも。


 話は少し遡る。
 朝来にとってはある意味で衝撃の一夜から数日後のことである。
 しばらくは宗像の仕事の関係で二人で過ごす時間もなかったから、その日は久しぶりのデートで朝来も気分が良かった。
 だからといっては何だが、少し油断していたこともまた事実ではある。
 
 二人で逢っている時にもよくあることだが、その日も深夜に近い時刻に宗像がGRAVEから緊急の招集を受けた。
 不機嫌全開で不平不満を言いながらも、きっちり仕事に向かう宗像を少し残念に思いながら朝来は見送った。
 そうして、宗像の広い寝室のベッドの上でしばらくごろごろしていたのだが、ふと喉に渇きを覚えた。
 キッチンへ行き、冷蔵庫を開けるが残念ながらコップ一杯にも満たない程の量しかないミネラルウォーターが一本あるだけだった。

「…………水道水、は嫌だし」

 かといって、他には酒くらいしかない。
 すぐそこのコンビニに買いにいくかどうか。朝来は悩んだ。
 なぜなら、数日前に深夜買い物に出かけただけでなぜだか宗像からかなり苦言を呈された記憶があるからだ。
 もちろん、心配されたことはわかっているしちゃんと謝ったが、正直に言えば近所のコンビニに行くくらいで何かあるとは到底思えない。
「でも、こんな時間に買い物行くと絶対アイツ怒るわよね」
 こんな時間に仕事をしている宗像に余計な心配をかけたくないというのもある。


 結果として。
 朝来は冷えたビールを手にして寝室に戻ったのである。


 +++++


 喉が渇いていたことと宗像の部屋だということで、酒に弱いにも関わらずビール一缶をぐいっと煽った朝来は、そのまま気持ち良くなってベッドに沈み込んでいた。
 いつもならそのまま眠りにつくところだが、しばらくするとなぜか玄関のドアが叩かれる音で目を覚ました。
「?」
 半分寝ぼけたまま、酔いも手伝って朝来は首を傾げたまましばらく停止している。
 一瞬聞き違いかと思ったが、ドアを叩く音がその後も何度か聞こえた。
(音、鳴ってるわよね……。アイツが鍵でも忘れたのかしら?)
 腑に落ちないながらも、オートロックのマンションで住人以外の人間が無断で入ってくることはできないはずだと頭の隅でちらりと考える。
 そうこうしている間も、ドアを叩く音が鳴りやむ気配はなかった。
(もう! 鍵を忘れるなんて何をしてるのよ!)
 寝起きでちょっと不機嫌な朝来は、内心で盛大に文句を言いながらも少しふらつく足取りで玄関に向かった。


 ロックを外し、ガチャリとドアを開ける。
 完全に油断しきった朝来は、そこに立つ人物を見て完全に固まった。

「あれ〜〜? なんでぼくの部屋にこんなかわいい子がいるんだ〜〜?」
 深夜の訪問者である男は、二十代半ばのスーツ姿だったが上着もシャツもよれよれだ。目をまん丸にして心底驚いているようだが、その目の奥にこの事態を面白がっているようなところがあった。
 朝来もビールのせいで酔ってはいるが、眼の前の見知らぬ男はどう見ても泥酔一歩手前のような赤ら顔である。
「ん〜んん〜? おっかしいなぁ、きみ、どこからきたのぉ? なんでぼくの部屋にいるのさぁ?」
 ぬっと近づいてきた顔は相当酒臭い。
 普段の朝来ならば、近づいてきた瞬間に蹴りの一発でも入れているところだが、こちらも酔いが回っている上に完全に不意を突かれたせいで軽くパニックになっていた。
 それでも反射的に眉をひそめて男から距離を取ろうと後ずさった。
 が、それより先に左腕を掴まれる。
「なにするのよ!」
 さすがに抵抗した朝来だったが、勢いよく腕を振ったのがまずかった。
 平衡感覚がかなり怪しい中で突然身体をひねるように動いたために、足がもつれて思わずその場に尻餅をつく格好になってしまったのだ。
「〜〜っっ痛ぁ」
「あれ〜。だいじょうぶ?」
 そう言った男が不意に朝来の膝に手を置いた。


 ――ぞわり。


 なんとも言えない不快感に、飛び退いた朝来はふと己の姿を見て真っ赤になった。
 下着に宗像のサイズの大きなシャツを一枚羽織っただけ。
 世の中の男なら誰もが一度は憧れそうな、しかし今この瞬間においては最悪の出で立ちである。
 いつの間にかその目に妖しい光を宿した男がじりじりと近寄ってくる。
 朝来はごくりとツバを飲み込み、そっと周囲をうかがった。
(なにか、武器になりそうなものは……)
 酔った頭にも、完全に警戒音が大音声で響いている。
 焦る朝来が、視線を正面に戻したちょうどその時。


 まるで鈍器で殴ったかのような鈍い音と共に、目の前にいたスーツ男が一瞬の内に玄関の外に弾き飛ばされた。
 ぐえっといううめき声と共に男は玄関前にうずくまる。
 絶句する朝来の眼の前で、衝撃により気を失ったスーツ男の頭を片手でつかみ上げたのは宗像だった。
 見たこともないような酷薄な眼をして、朝来を一瞥したのち、玄関に朝来を残したままバタンとドアを閉める。
 その後、引きずるような音とともに足音が遠ざかり、しばらくして再びドアが開いた。
 衝撃の急展開に、朝来はいまだ座り込んだままである。

 ――そして、冒頭に戻る。


 +++++


 無言の間とは、かくも居心地の悪いものなのか。
 玄関に立ったまま何も言わない宗像からは、突き刺さるような視線を感じる。
「…………お、かえ、り」
「…………」
 勇気を出して言った言葉にも無言で返される。
 間違っても「さっきの男は?」などと聞ける雰囲気ではない。
「あの」
「何もされてないな?」
 朝来の言葉を遮って、やっと口を開いた宗像が断定口調で問う。
 有無を言わせぬその迫力に押し負ける形で、朝来はこくこくと首を縦に振った。

「っはぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 朝来の無事を確認した宗像は、それは長いため息を吐き、両膝に肘をつくようにしてしゃがみ込んだ。
 そしてじっと朝来を見つめる。
 緊張状態から解放され、宗像の顔を見て安心した朝来は、宗像の心中など知らぬかのようにこてんと首を傾げてにっこりとほほ笑みかけた。
 そんな様子に目を見開いたのは宗像である。
 今一度朝来の様子を観察し、ほんのりと赤い頬や首筋に目をやって頭をかかえかけた。
「まさか、あんた酒を飲んだのか……?」
 一応問いかけではあるが、答えなどなくともわかる。
 先ほどまでの緊迫した雰囲気などもう微塵も感じさせないこの無防備な笑顔は。
「あぁ、クソっ!」
 今まさに色々と問いただして説教をしようと思っていた宗像は、きょとんとしたままの朝来をいきなり抱え上げた。
 きゃあ、という可愛らしい悲鳴も聞かないフリだ。
 ずんずんと迷いのない足取りで寝室のドアを半ば蹴破るようにして開けて、広いベッドに朝来を下ろした。
 ベッドの端に腰かけさせた朝来を囲い込むようにしてずいっと顔を近づける。
 お互いの唇が触れそうになった瞬間、宗像の指が思い切り朝来の額をはじいた。
「痛っ!」
 バチンと大変良い音をさせて見事に決まったデコピンに、朝来が涙目になる。
「何するのよ!」
「それはこっちの台詞だ」
「何を言って…」
「今後は俺の部屋でも独りで酒を飲むな」
「はい?」
「訪問者があればドアを開ける前にかならずインターホンの画面で確認しろ。それが俺以外なら絶対にドアを開けるな」
「ちょっと」
「最後に。もうあんた、人前で脚を出すな」
「待ってよ! いきなり何を言い出すのよ」
 酔いもさめるようなデコピンをクリーンヒットされたばかりか、何の前触れもなく様々な禁止事項を述べられても素直にはいそうですか、とは言いづらい。
 何となく宗像の言いたいこともわかるような気がしたが、いつもの癖もあって反射的に言い返した朝来は、宗像の表情が変わるのを見て口ごもった。
(これは、まずい)
 本能的に後ずさった朝来を、しかし目の前の男は逃がさない。
 あっという間にのしかかるようにして朝来をベッドに縫いつける。
 じたばたする朝来の太腿を、指先でついっと撫でる仕草だけで抵抗を封じた。
 朝来の意思とは裏腹に、身体は宗像の指先のわずかな感触にも反応する。
 そんな様子に目を細めた宗像は、実に獰猛な笑みを浮かべたのである。


 酔っ払いに何を言ったところで恐らく明日の朝には、半分以上忘れているだろう。
 だったら、こちらも遠慮は無用。
 心臓が止まるかと思ったほどの先ほどの衝撃を、こいつは全然わかってない。


「カ…イ……」
 潤む瞳でこちらを見上げる少女は、あまりに危険だ。
 薄いシャツから見え隠れする白い肌を、自分以外の男が見たことを思い出し、さっきの男をもっと痛めつけてやればよかったと頭の隅で考える。
 心配、動揺、衝撃、苛立ち。
 涼しい表情とは裏腹に、宗像の胸の内は今黒い感情が渦巻いている。
「今夜は優しく出来ねえぞ」
 口で言っても解らない奴には、身体で教え込むまでだ。


 長い夜に、男を止める者はいない――。
 





 もうね、結局宗像氏は朝来さんには勝てないわけだよ(笑)
 今回はほんとに思い付きで深夜に書いたので、色々突っ込みどころ満載ですが、ぜひともスルーの方向でお願いします。
 もうネタがな……げふんげふん。


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